2016年4月5日掲載
山階鳥類研究所は、環境省「モニタリングサイト1000」の一環として、島嶼の海鳥の繁殖地の調査をおこなっています。モニタリングサイト1000は、日本の自然環境について100年以上にわたる長期間の観測を目指しているプロジェクトです。ここでは、この海鳥調査を担当している富田研究員に、仕事のあらましとこれまでの成果から興味深い話題を選んで紹介してもらいます。
山階鳥研 保全研究室 富田直樹
日本の国土は、亜寒帯から亜熱帯まで広範囲におよび、複雑に入り組んだ海岸線や起伏の激しい山岳などの変化に富んだ地形や、気候風土に育まれた多様な動植物相が見られます。このような日本列島の多様な生態系における自然環境の変化を早期に把握するため、環境省は、2003年から全国に1000ヶ所程度の調査地を設定し、長期観測(モニタリング)によって基礎的な環境情報の収集を行う「モニタリングサイト1000」(通称「モニ1000=モニセン」)というプロジェクトを開始しました。山階鳥類研究所では、様々な生態系のうち「島嶼」を担当し、日本で繁殖する海鳥の繁殖状況を調査しています。
日本で繁殖する海鳥は37種程度で、約2/3の22種が絶滅のおそれのある種として、環境省のレッドリストに掲載されています。読者の皆様は、このうち何種類の海鳥をご存知でしょうか?沿岸性の海鳥であるカモメやアジサシの仲間、例えばウミネコやオオセグロカモメ、コアジサシなどは比較的馴染みがあると思います。また、当研究所が保全に取り組んでいるアホウドリは、テレビなどで見たことがある(実物は見たことがない)という方は多いと思います。しかし、それ以外の海鳥はどうでしょう?なぜ、あまり馴染みがないのでしょうか?
海鳥は、生涯の約90%の時間を海で過ごします。子育て(繁殖)は陸で行いますが、ほとんどの海鳥は、人の生活圏から遠く離れた「島」で繁殖します。繁殖の時期になると、それぞれの繁殖地である島に一斉に集まり、コロニーと呼ばれる集団繁殖地を形成します。その規模は数十万に及ぶこともあります。巣を作る場所は、種によって異なります。例えば、北海道の天売島では、ウミネコやオオセグロカモメは平坦な場所や斜面の草地で、ウミウやヒメウは急峻な崖にある棚でそれぞれ巣を作ります。一方、ウトウは地面に1m以上の深い穴を掘り、ケイマフリは岩の隙間の奥まった場所を利用し、その中で子育てを行います。
私たちは、日本全国から30ヶ所(77島嶼、25種の海鳥)の海鳥繁殖地を選び、それぞれ3年から5年の調査間隔で、主な海鳥の繁殖期である4月から8月(場合によっては9月)の間に、年間10ヶ所程度の繁殖地を回り、個体数や繁殖数のモニタリングを行っています。
開始翌年から5年ごとに、第一期(2004〜2008)、第二期(2009〜2013)と区切ってこの二つの期間を比較すると、全国的な繁殖状況の評価が可能な10種の海鳥のうち、7種で巣穴(数)が減少した島が増加した島を上回りました。たとえば、オオミズナギドリの最大の繁殖地である伊豆諸島御蔵島の巣穴数や、北海道東部のオオセグロカモメの巣数、岩手県日出島のクロコシジロウミツバメや福岡県小屋島のヒメクロウミツバメの巣穴数などに大きな減少が見られました。
ここでは、この中から、福岡県小屋島のヒメクロウミツバメと北海道東部のオオセグロカモメの減少に関連した成果を紹介します。
捕食者のいない島で繁殖する海鳥にとって、それまで生息していなかった移入種の存在は脅威となります。特に、ネコやネズミ(ドブネズミやクマネズミ)による海鳥の被害は世界的に深刻な問題となっています。日本でも、福岡県宗像市から約50㎞沖に位置し、カンムリウミスズメ(天然記念物、絶滅危惧Ⅱ類)やヒメクロウミツバメ(絶滅危惧Ⅱ類)の繁殖する小屋島では、1987年にドブネズミの侵入が確認され、両種が大量に捕食されました。ドブネズミはすぐに駆除されましたが、2009年に再びドブネズミの侵入が確認され、ヒメクロウミツバメの死体が多数発見されました。両種の個体数は著しく減少し、いまだ回復していません。また、山形県飛島では2014年にウミネコのコロニー内に侵入するネコが確認され、ウミネコ成鳥の死体が多数発見されました(『山階鳥類学雑誌』47巻2号(2016年3月発刊)に詳細)。
北海道東部のコシジロウミツバメの大規模繁殖地である厚岸町の大黒島や、国内希少種のチシマウガラスやエトピリカをはじめとした多くの海鳥が繁殖する根室市のユルリ島やモユルリ島は、山階鳥類研究所による鳥類標識調査で少なくとも1998年以前には多くのオオセグロカモメの営巣が確認されていました。しかし、モニ1000調査をそれぞれの島で開始した2006年および2007年時点ですでに激減しており、最近では島周囲の岩礁などでわずかに営巣するだけとなりました。主な原因としては、餌環境の変化や近年のオジロワシの個体数増加が考えられています。オオセグロカモメは、日本では主に北海道と東北地方で繁殖し、普通に観察されていましたが、少なくとも北海道東部の繁殖個体数は近年、大幅に減少していることが明らかとなりました。
ここでは、モニ1000調査のほんの一部しか紹介できませんでしたが、私たちは、この調査を通して海鳥の現状を定性的・定量的に評価し理解することを目指して、環境変化の指標として、また保全の提言などをできるように、日々調査を行いデータを蓄積しています。これらの成果は、環境省生物多様性センターのホームページで公開されています。
(文・写真 とみた・なおき)