所蔵名品から

第13回 絶滅に限りなく近い渡り鳥
― エスキモーコシャクシギ (チドリ目シギ科)―

種名 エスキモーコシャクシギ Numenius borealis
性別
番号 蜂須賀標本 NO. 3467
採集日 不明
採集地 アルゼンチン リオ・サラド

山階鳥研の標本室には、世界で記録されている鳥のおおむね45パーセントにあたる約4,080種の鳥の標本が収蔵されています。その中には、現在では絶滅してしまった鳥も含まれています。「絶滅した」と決めるのはとても難しいことで、実はどこかに人知れず生き残っているかもしれません。一度は絶滅と信じられたものの、アホウドリのようにみごとに復活しつつある鳥もいます。

今回紹介するエスキモーコシャクシギは丁度この微妙な段階にあり、絶滅してしまったかもしれないし、ほんの少数が生き残っているかもしれない、しかし最近15年以上は観察されていない鳥です。19世紀後半に狩猟や生息環境の破壊によって急激に減少し、20世紀半ばまでにはすでに絶滅に向かっていたようです。エスキモーコシャクシギは名前の通りシギの仲間で、アメリカ大陸に住んでいます。エスキモーと名付けられているように北アメリカの北極海沿岸で繁殖し、冬は南アメリカ南端に近いパタゴニアにまで渡る、陸の鳥の中では最も長い渡りをする鳥でもあります。

この鳥の悲劇は、F・ ボーズワースの「帰らざる渡り鳥」(藤原英司訳の日本語翻訳タイトル)で鮮やかに表現されています。もちろん謎の多い渡り鳥の、しかもすでに絶滅が近い状態の鳥の話ですし、もしかしたら最後の1羽になってしまった1羽の雄シギを主人公にしていますから、大半は想像で組み立てれられています。しかし、文脈に沿って観察や狩猟の実際の記録が添えられていることによって、とても現実味のある話になっています。長距離の渡り鳥であるシギ・チドリの渡りの魅力と、一つの種が永久にいなくなってしまう寂しさがよく表現されています。この本は1954年に書かれて13の言語に翻訳され、300万部以上出版されました。

山階鳥研にはこのエスキモーコシャクシギの剥製標本が2点保存されています。ともにアメリカ合衆国国立博物館(通称、スミソニアン博物館)のラベルがあり、1羽には蜂須賀氏のラベル、もう1羽には東京帝室博物館ラベルが一緒に付いています。前者は蜂須賀正氏博士がスミソニアン博物館と標本の交換によって入手したものと想像されます。また、東京帝室博物館ラベル(このラベルについては163号のリュウキュウカラスバトで紹介しています)の個体も戦前に東京帝室博物館(現・東京国立博物館)がスミソニアン博物館と交換あるいは購入したのでしょう。

蜂須賀ラベルの個体は雄、もう1羽の性別は不明です。多くのシギ類と同様に、この鳥も外見では雌雄の区別が難しいため、この2羽はほとんど同じ外見をしています。残念ながら2羽共に採集年月日が記載されていないため、何時採られたのか判りません。

蜂須賀ラベルの個体は南米アルゼンチン北部のリオ・サラドで採集されています。そこは地図で見ると越冬地のより少し北側の、パンパス大平原の西の端にあたり、春に北上する渡りのコース上にあたります。東京帝室博物館ラベルの個体には北アメリカとだけ書かれていますので、春にアメリカ大陸の中央部を北上中に採取されたものと思われます。それというのも、エスキモーコシャクシギは、春と秋で渡りのコースが違っていて、秋にはニューファンドランド島付近から大西洋に出てそのまま海上を渡ってしまうので、採集される機会は、北アメリカを縦断する春の方がずっと多いことになります。

図:エスキモーコシャクシギの渡りルート

本の中で、主人公の雄シギがやっと巡り会った雌シギと繁殖地にむかう途中、ちょうど合衆国のあたりで雌が銃で撃たれ、再び独りぼっちになってしまうストーリーが展開されます。この標本の鳥は本の中の雌シギと同じ運命をたどったことになります。

国際自然保護連合のレッドリストではこの鳥を絶滅に限りなく近い種としています。私たちが再び、このすばらしい渡りをするエスキモーコシャクシギの群れ飛ぶ姿、呼び交わす声に接する機会はないかもしれません。ただ、山階鳥研の標本室にある貴重標本コーナーに横たわるうす茶色の固まりから、一つの種がいなくなるということを思うばかりです。
(百瀬邦和=ももせ・くにかず 資料室標本担当)

山階鳥研NEWS 2003年4月1日号(NO.169)より

  • 【参考文献】
  • Fred Bodsworth 1966. The Last of the Curlews. Longmans, Green and Co., London.
  • J. B. Gollop, T. W. Barry, and E. H. Iversen 1986. Eskimo Curlew A vanishing species? Special Publication No. 17, Saskatchewan Natural History, Saskatchewan.

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