自然史研究機関としての山階鳥類研究所

秋篠宮文仁


 山階鳥研の所蔵する6万9千点の鳥類標本は、この研究所を特徴づける大きな研究資産です。総裁の秋篠宮殿下にこの標本コレクションの価値と今後のありかたについて執筆をお願いいたしました。

 20年ほど前になるが、ロンドンとライデン(オランダ)の自然史博物館において、魚の標本を調べていたことがある。東南アジア産のナマズについて、その類縁関係を調べるためである。タイのメコン水系やチャオプラヤー水系において、私自身かなりの資料を入手したのだが、形態学的にこれらを調べようと思うと、同定などのこともあり、どうしても参照可能な標本が必要となってくる。その意味で、先述の博物館には豊富な標本がそろっており、極めて有効であった。欧米の博物館には、このように参考となる資料がその歴史とともに蓄積されているため、タイプ標本を含めて必要な標本をいつでも見ることができるのである。

 翻って、日本はどうだろう。博物学が衰退し、自然史に対する考え方が欧米とは異なることにもよろうが、少なくとも私の知る限り、自然史系の標本を豊富にそろえて活用できる施設はかなり少ないと言える。博物館は数多くあるが、展示には力を入れても、蒐集と保存には収蔵庫のスペースが狭かったり、重要性を認識していなかったりするために精力を傾けることができない、といったところだろうか。生物学においてDNAを用いた研究が大きな位置を占めている今日、参照することができる標本が豊富にそろっていることは、研究結果の正確性を確保することにもつながるし、比較形態学的な研究をする上では欠かせないものになる。またつい最近では、19世紀末にケニアで射殺されたライオンの剥製から得られたサンプルをもとに、幾人の人が捕食されたかを推定した論文が発表されたが、この研究も標本が残っていたからこそできたことである。

 このような状況を考えると、欧米の大きな博物館にはとても及ばないものの、一財団法人である山階鳥類研究所が国立科学博物館の7倍強の6万9千点もの鳥類標本を保存・継承していることには、大きな価値があるといえる。しかし、その研究所も収蔵スペースという点で、かなり限界まできていることも事実である。今後は、予算面も含めて何らかの方策をたて、引き続きコレクションを増やし、未来へと継承していくことが望まれる。

 現在、山階鳥類研究所と同様の機関がいくつかある。これらの機関は、往々にして予算面での苦労が付いて回っているが、今までに蒐集した標本を維持し続けることに真摯に対峙している。私は、これらの諸機関に所蔵されている自然史標本はすべて貴重なものだと認識している。残念ながら、今の段階ではその重要性が広く認知されているとは決していえないが、今後も日本の「宝」として後世へ継承していくべきものだと考えている。そのためには、山階鳥類研究所を含むこのような機関が独立性を保ちながらも緩やかに連携をして声を大にしてその大切さを世に問うていく必要があるのではないだろうか。
(総裁・秋篠宮文仁=あきしののみや・ふみひと)

(山階鳥研NEWS 2010年1月1日号 NO.227より)



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