シンポジウム

沖縄山原に生きる ヤンバルクイナに明日はあるか

【主催】 山階鳥類研究所  【共催】 朝日新聞社


【後援】環境省・文化庁・我孫子市・国頭村・東村・大宜味村・(財)世界自然保護基金ジャパン・(財)日本自然保護協会・(財)日本野鳥の会・(財)日本鳥類保連盟・日本鳥学会・ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会
*(財)河川環境管理財団の河川整備基金の助成を受けています。 


2004年9月23日に東京の有楽町朝日ホールで開催された、山階芳麿賞贈賞式・受賞記念講演とシンポジウム「沖縄山原に生きる ヤンバルクイナに明日はあるか」から、シンポジウムのようすをお伝えします。








●シンポジウム開催の趣旨
 山階鳥研所長 山岸 哲


 ただいまから、シンポジウム「沖縄山原に生きる ヤンバルクイナに明日はあるか」を行うわけですが、詳しい開催趣旨はパンフレットを読んでいただくこととして、ここでは簡単に申し上げます。山階鳥類研究所は、1981年にヤンバルクイナという鳥を新種として記載しました。そのヤンバルクイナが今、危機に瀕しているということで、そのことをシンポジウムでいろいろとお話しいただき、ではどうしたらよいのかということを皆様と共に考えあいたいということが趣旨でございます。




●ヤンバルクイナはどんな鳥か
 元山階鳥研所員 真野徹


 

 鳥類調査のために毎年訪れていた沖縄島北部山地の林道上で、1978年に偶然、嘴と足の赤い数羽のクイナ類を目撃しました。嘴と足が赤いという以外、全体の特徴はわかりませんでした。これがヤンバルクイナとの初めての遭遇で、図鑑に載っていない新種の鳥と確信しました。その後、翌年と翌々年にも研究所の同僚と同じ鳥を目撃しました。

 3年後の1981年に標識研究室を挙げての捕獲作戦を実施しました。調査直前になって、お手元のパンフレットに載っている標本入手の知らせを、地元高校の友利哲夫先生から受けました。調査の前に標本を見せていただき北部山地に入りました。猛毒のハブが生息する常緑樹林の谷間の湿地で足跡を探して網を張り、罠をしかけました。試行錯誤の末、手製の罠で6月28日と7月4日にそれぞれ幼鳥と成鳥1羽ずつの捕獲に成功しました。捕獲した鳥は、体格がよく翼の羽毛が柔らかいこと、足を持っての撮影中に翼を交互に動かしたこと、体育館内で放してみるとまったくはばたかずに走り回ったこと等から飛翔力の弱い鳥との印象を受けました。

 捕獲した鳥は希少種の可能性が高いことから環境庁(当時)の足環をつけてもとの場所で放したのですが、捕獲した鳥のデータと友利先生から譲り受けた標本をもとにRallus okinawaeという学名をつけて記載、発表しました。



ヤンバルクイナの分布域と個体数の減少
 山階鳥研標識研究室長 尾崎清明


 

 ヤンバルクイナと私の関係は発見の前年の1980年からになりますが、最近は生息状況のモニタリングと小型電波発信機による行動追跡を行っています。

 ヤンバルクイナの棲む山原地域は東京23区の半分くらいの面積しかなく、大変狭い所に住んでいる鳥です。

 生息の状況や個体数の推定はプレイバック法といって音声を再生してその反応を調べておこないました。調査の結果を地図上に落として順に並べてみますと、1985年には、塩屋平良ラインと呼んでいる沖縄島の少しくびれた部分に分布の南限がありましたが、18 年の間に10キロほど北上して分布域は40%減少しています。生息数は1985年の推定1800羽から2000年には1200羽あまりとなり32%の減少です。

 減少の原因は、90年ほど前にネズミとハブの駆除のために導入されたマングースの北上が考えられます。クイナの調査とほぼ同時期に行われたマングースの捕獲調査の地図を並べてみますと、マングースが分布している地域とヤンバルクイナのいない地域がほとんど一致しています。このほか、山原地域に広く分布しているノネコの糞からヤンバルクイナの羽が見つかっています。捕食者となりうるマングースやノネコがそれぞれ1000頭を越えて生息しているような地域で1000羽ほどのヤンバルクイナが果たして生き延びることができるでしょうか。

 もうひとつ心配なこととして遺伝子の多様性の問題があります。最近おこなった分析では、遺伝子の多様性は他の鳥類よりもかなり低い可能性があります。



ノネコ、マングースによるヤンバルクイナの捕食
 琉球大学助教授 伊澤雅子


 琉球列島の生物相の特徴はいくつかありますが、本日の私の話に最も関わりがあるのが、「ニッチの空き」ということです。生物はそれぞれに異なった生活型と役割を持って暮らしています。これをニッチといいます。琉球列島の島の場合、そのニッチにいくつかの空きがあるように見えます。埋まっていないいちばん大きな空きが食肉目の場所で、そこにマングース、ノネコ、ノイヌという人間が持ち込んだ食肉目の移入種が入りこんできました。

 なぜ山原にもともとそういった空きがあったのかというと、ヤマネコがトカゲを食べ、トカゲが昆虫を食べるというとき、下の方(食べられるもの)になるほど個体数が多くないと成り立たないという「数のピラミッド」という関係があることが考えられます。島は面積が小さいためにピラミッドが小さくなって一番上の肉食動物は棲めなくなってしまうのです。

 空いたニッチに入りこんでしまった山原のノネコやノイヌの糞を拾ってきて調べますと、トゲネズミ、ケナガネズミ、アカヒゲなど希少種が食べられており、大変な問題です。世界各地の島でもノネコは同様の問題を起こしており、特に鳥類が食べられています。

 またマングースが直接ヤンバルクイナを食べなくても、本来普通にいるはずの昆虫やその他の無脊椎動物を食べることによって、ヤンバルクイナの餌を減らしたりして、先ほどのピラミッドの形をこわしてしまうことによって、ヤンバルクイナの減少を加速する結果になるのです。

 マングースは組織的に導入されましたが、イヌ、ネコは人が持ち込んだり捨てたりしたもので、今、山原にいるノネコ、ノイヌをどうするかということの他に、これ以上このようなイヌ、ネコを増やさないようにすることを考える必用があります。野生動物はそれぞれの生息地で、ペットは町で、ということでそれぞれの場所でうまく暮らしてゆけることを目指していきたいと思います。




ヤンバルクイナの交通事故死
 環境省やんばる野生生物保護センター 小高信彦


 私たちのセンターにケガをしたり死んだりして届けられるヤンバルクイナの中の大きな部分が交通事故による死亡個体です。一年の中では5月と6月に多く交通事故に遭っています。この時期は、本州より1カ月早い梅雨で、ミミズやカタツムリなどのヤンバルクイナの好物が道路に出てくる時です。またこのころはヤンバルクイナが小さなヒナを連れている時期です。ヒナに餌をやるために夢中で道路に出てくるという状況が観察されています。事故の多い場所は、交通量の多い幹線道路が生息密度の高い場所を通るようなところです。

 地元の教育委員会や動物園、動物病院、その他の方たちと協力して死傷個体を発見した場合の連絡体制を作っています。そして傷病個体などから少しでも保護に役立つ情報を取り出そうといろいろな取り組みをしています。

 今年の6月には「やんばる地域ロードキル発生防止に関する連絡会議」を設置しました。これは地元の国頭村などや警察機関や道路管理者も含む  機関で構成されており、基礎データの収集や普及啓発、道路管理、そして道路の構造自体の改良も視野にいれた対策を考えています。



●グアムクイナ保護の20年
 米国グアム水生野生生物資源局 P・ウェニンガー


 西太平洋のグアム島に、1940年代にナンヨウオオガシラというヘビが偶然持ち込まれました。鳥などの小動物を食べるこのヘビは競争相手や天敵がいないために瞬く間にグアム全土に広がり、高密度で生息するようになりました。それとともにグアムクイナを含む固有の鳥たちも徐々に減少し、一部のものは絶滅してしまいました。

 外来の捕食動物は、グアムクイナのような固有の野生動物にとって大きな脅威です。ヘビ対策として、港等での検疫から保護区内での重点的な駆除、個体数管理のための調査研究、教育と啓発などにこれまで何十億円のお金を使ったにもかかわらずヘビはいまだにグアム中に多数生息しています。

 グアムクイナの最後に残った21羽を全て捕獲して1986年から人工飼育が始まりました。現在では約二百羽のクイナがグアムとアメリカ本土の動物園で飼われています。飼育個体群では野外での生存に必要な行動が失われてしまう恐れがあるため、グアムに近くヘビのいないロタ島で野生個体群を確立する試みを行っています。

 飼育技術が確立した最近では多数の個体を放鳥することができるようになったのですが、ネコによる捕食などのため、放鳥個体の生存率は低く、野生復帰は順調ではありません。もともとの生息地のグアムで近年試みられた放鳥もネコ対策がうまく行かず、はかばかしくないのです。

 ヤンバルクイナの減少のようすはグアムクイナと驚くほど似ています。ヤンバルクイナについても減少の直接の原因は外来の捕食動物でしょう。保全上のキーになるのは、捕食動物の個体数管理とクイナの人工増殖、そして開発などの人為的影響を最小限にくい止めることだと思います。また地域社会の協力を得るために教育、啓発が必要です。(通訳・百瀬浩)



●総合討論
パネラーの発表の後、客席からの発言もいただいて総合討論が行われました。

客席 グアムクイナの人工増殖は、誰がイニシアチブを取ってどのように組織作りをしたのでしょうか。

ウェニンガー 非常に横断的な組織間の協力が必要でした。アメリカ内務省の水生野生動物局、農務局、アメリカの動物園協会といったいろいろなところが緊密に協力してプロジェクトを組みました。

上原康作(国頭村長) 地元ではネコの適正な飼育に関する条例をこの9月に可決しました。ヤンバルクイナの人工増殖を早急に行うときであると思います。また生息地域に傷病鳥の治療施設を作るべきだと考えています。

樋口広芳(東京大学農学生命科学研究科教授) 私は人工増殖に反対ではありませんが、人工増殖してヤンバルクイナだけを守れば良いということではなく、ヤンバルクイナが棲む山原の生態系そのものを全体として保全するという視点が失われてはいけないと思います。

上原 野外でマングースを防ぐためにフェンスを張るというようなことは、実際的、経費的に、また産業や生活の観点からなかなか難しいと思います。

名執芳博(環境省野生生物課長) ヤンバルクイナの保護増殖事業計画を、来週の中央環境審議会で諮問させていただく予定です。その中で、生息環境の保全、改善と、人工増殖技術の確立を、両方バランスよく進めてゆきたいと思っています。外来種については、外来種法が来年の春から動き出すことになっています。マングースについてはすでに環境省と沖縄県とで協力しながら駆除対策を進めております。

山岸 どうか皆様もホームページなどを使って、環境省の方がここでおっしゃったことをちゃんと果たしているかどうか暖かく見守っていただきたいと思います。

長嶺隆(ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会代表) 私にはヤンバルクイナは溺れかけた人に見えます。いろいろの議論より前にとりあえず引き上げなければいけない、という時期だと思います。しかし最終的な目標は緊急避難的な対策ではなく、山原の森を元の森にかえすことだと思います。

伊東員義(上野動物園飼育調整係長) 日本動物園水族館協会は種保存委員会を作っていますが、クイナの仲間はまだ飼育実績がありませんので、手始めに例えばグアムクイナを日本の動物園で飼育してみるというのもひとつの手がかりかと考えています。

山岸 今日の話の中心はおそらく、人工増殖と野生の自然環境の保全は車の両輪であり、両方へ力を入れてこれから進めて欲しいということだったと私は理解しています。本日はどうもありがとうございました。



(文中敬称略 まとめ・平岡)  山階鳥研NEWS 2004年11月1日号より




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