所長からのメッセージ


「水とともに」2010年1月号(独立行政法人 水資源機構・発行)より
新春対談「ダムと自然」(1)

対談者  水資源機構 理事長   青山 俊樹氏
山階鳥類研究所 所長  山岸 哲  


目 次

(右)青山理事長(左)山岸所長

青山 新年明けましておめでとうございます。

山岸 おめでとうございます。

青山 本日は山階鳥類研究所にお邪魔させていただいております。水資源機構では施設の建設・管理でさまざまな取り組みを行っています。昨年9月まで応用生態工学会の会長を務められ、現在、山階鳥類研究所所長でいらっしゃる山岸所長から、応用生態工学会のテーマである人と生物の共存、生物多様性の保全、健全な生態系の持続や、土木工学と生態学との調和などについてお話を伺うとともに、水資源機構への忌憚なきご意見をいただければと考えております。

1.徳山ダムの猛禽類の現状

山岸 クマタカの研究では徳山ダム(岐阜県揖斐川町)を始め各地から羽根を集めていただき、非常に有意義な研究を行うことができました。

青山 調査の際に得られた巣の中や巣から落ちた羽根を提供させていただきました。

山岸 いただいた約200程度のサンプルのDNAを調べましたが、日本のクマタカの遺伝的多様性がどのくらいあるのかを明らかにすることで、意外な結論がわかりました。

青山 それはどんなことですか?

山岸 クマタカは数は少ないけれども遺伝的多様性は多いこと、逆に、オオタカは数は多いけど遺伝的多様性は少ないということ、が分かりました。

青山 クマタカの遺伝子にはいろいろなタイプがあるが、オオタカの遺伝子にはタイプが少ないということですか?

山岸 そのような感じです。研究の結果は全て学術論文にまとめていますが、それらを使ってどう保全に役立てたらいいかはまた難しい問題ですね。

青山 徳山ダムの猛禽類に関し、一つ報告があります。徳山ダムでは平成7年から猛禽類の調査を行っており、現在も調査を継続しています。昨年の調査でクマタカとオオタカが1番(つがい)ずつ増えていることがわかりました。現在、ダム周辺で繁殖しているクマタカは9番、オオタカは2番が確認されています。

山岸 ダムを建設しているときよりも(番が)増えたということですか。

青山 ダムが完成したら1組ずつ増えたということです。

山岸 できあがったダムの影響は少ないということですか。

青山 徳山ダムに関してはそうですね。ものすごく嬉しい話だなと思っております。徳山ダムでは環境の保全のためにいろいろな取り組みを行いました。付替え道路をトンネルにしたり、山林を公有地化したりして、貯水池周辺に道路の見えない稀に見るダムと言えます。

2.3ダムの連携操作で名張市街地の浸水被害を回避

青山 ところで、山岸先生は三重県にある名張市という町をご存じでしょうか。

山岸 昭和34年の伊勢湾台風のときにすごい被害が出た町ですよね。駅が水没したと聞いています。

青山 はい。被害は大変なものでした。実は、昨年の10月8日未明、台風18号が近畿・東海地域に接近したときも、名張市では時間最大雨量41ミリを記録する大雨が降り、名張市街地において名張川が氾濫し、浸水による大被害が発生するおそれが生じました。

現在、名張川の上流には水機構が建設し管理する3つのダム、青蓮寺ダム、比奈知ダム(以上、三重県)、室生ダム(奈良県)がありますが、今回の洪水では特別な操作を行いました。このことにより名張市街地が浸水被害から回避できたと高い評価をいただき、名張市長から感謝状をいただきました。

山岸 どんなことをされたのですか?

青山 ダムの放流には予め定められた操作ルールがあり、これに基づき放流を行います。ルールは個々のダム毎に定められているのですが、今回の洪水調節では3つのダムが連携して放流するという方法を行いました。3つのダムそれぞれにおいて、時々刻々と変化する雨量やダムに流れ込む水量の予測計算を行い、ダムに貯めることが可能な水の量(貯水容量)を勘案して、どこまで放流する水量を少なくできるか、調整計算を何度も何度も繰り返しました。水機構の木津川ダム総合管理所は、国土交通省の淀川ダム統合管理事務所と徹夜で調整しダムを操作した結果、名張市内の河川水位をダムがなかった場合の想定水位から約1.5m下の水位に抑えることができました。言い方を変えれば、ダムの貯水容量を最大限活用する操作をやることで川の水位を下げたのです。結果的には、計画高水位から数十センチ低いところで洪水位に止めることができました。

山岸 分かりやすくいうと、普段貯める量よりももっと貯めて、下流へ流れる水の量を抑えたということですね。

青山 そういうことです。これはダム管理者としては非常にリスクを伴う方法です。というのは、ダムに流れ込む水の量が予想を上回りダムの貯水容量を使い切ってしまったら、ダムに大量に入ってくる水の量をそのまま放流することになり、その場合、下流の人にしてみれば急激に川の水位が増えることになります。

そういうギリギリの中で、Aダムでは放流を増やし、Bダムでは放流を減らすなど、複数のシミュレーションを何度も何度も繰り返し、安全を確認しながらダム操作を行ったのです。台風の雨は一晩中降り続けたため、ダム管理所の職員たちも徹夜でがんばりました。

山岸 それは素晴らしいですね。

青山 うれしかったのは、今回の表彰は名張市が「表彰しようじゃないか」と言い出したのではなくて、名張市民の方々が水機構の対応を高く評価してくれて、市民の側から「今回は伊勢湾台風に匹敵する量の雨が降ったが、伊勢湾台風のときのようなひどい被害はなかった。これはダムのおかげだ」という感謝の声が上がったということです。

うちの職員もややもすればダムを造ることに喜びを見出す、というか血が騒ぐところがあるのですが、本来の目的はまさに今回名張の3ダムがやったように、国民の生命と財産を守ることですよね。今回の出来事で、ダム事業の原点に戻れた気がします。

山岸 そうですね。時代が次第にダムの必要性についてシビアになってきています。計画中のダムが中止になるようなことはこれからも起きるかもしれません。水機構の業務も施設を造ることから今ある既存の施設をどう管理し運用していけばいいかという方向へ、知恵や人材、お金の使い方すべてがシフトしていくと思います。そういうときに、今のような事例は役に立つと思います。




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