5.貴重な標本データを世界に向けて発信
青山 初めて山階鳥類研究所にお邪魔させていただきましたが、研究所についてご紹介いただけませんか。
山岸 山階鳥類研究所は、故山階芳麿博士が昭和7年に私財を投じて東京渋谷南平台の私邸内に建てた鳥類標本館が前身で、昭和17年に財団法人山階鳥類研究所として設立されました。
青山 最近の研究テーマはどのようなものですか。
山岸 当研究所では、これまで主に鳥類の生態の研究をしてきました。それも大事なものですが、生態の研究は大学や他の研究機関ででもできるわけですよね。そこで、山階鳥類研究所でなければできない研究はないか、とこの10年ぐらい模索してきました。
当研究所にあって大学や他の研究機関にはない大きな研究資産は、鳥類標本と図書資料、そして鳥類標識調査のデータが挙げられます。鳥類標本では、剥製標本・骨格・巣・卵・液浸標本など約6万9千点を所蔵しています。コレクションは、創立者の山階芳麿ほか日本の代表的な鳥類学者の収集品と交換・購入等によって集められたものからなっており、現在も拾得された斃死体等を受入れてコレクションの充実を図っているところです。
世界中の代表的な種類が網羅されており、特に東アジア・太平洋地域の充実したコレクションは、世界でも指折りのもので、学術的に貴重な標本も多く、すでに絶滅した鳥や希少な鳥の標本や、種の記載の基準となったタイプ標本(*)も含まれています。
(*:タイプ標本とは、国際動物命名規約の規定により、新種や新亜種を発見して名前を付ける際に証拠として必要とされる標本のこと。タイプ標本は、分類学的研究に不可欠な資料であり、未来永劫にわたって厳重に保管することが求められています。)
青山 それはすごいものですね。
山岸 当研究所では、どのくらいの標本がどういう状態であるかまず整理しました。その上で、約6万9千点全部の標本一つ一つについて、標本ラベルに記録されている種名・性別・年齢・採集場所・採集日などを読み取ってデジタル化する作業を行うとともに、1点ずつ写真を撮影し、データベースを構築しました。データベースは、昨年12月下旬にホームページ上で公開しています。
このデータベースがあれば、青山さんもご自宅からアクセスされれば当研究所の標本について知ることができます。例えば、その標本は何時、誰が、何処で取ったかまで分かります。もちろん画像だけでは研究できませんが、どういう標本があるかは家にいても分かります。もっと深く研究したければこちらへ出向き、直接手にとって研究いただくことも可能です。
青山 全世界で利用できるわけですね。
山岸 近年、生物多様性の情報については、インターネットでの共有を計るための幾つかの国際的なプロジェクトが始動しています。今回構築したデータベースにより国際的にデータを発信することで、新しい切り口の生物多様性情報を創出し、アジアの生物情報学の拠点となることを目指しています。
青山 標本から具体的にどのような研究をされているのでしょうか。
山岸 例えば、生き物の機能がどうなっているかを知るため、剥製標本から骨格の形状データを取り出すため、医学で用いられるCT(コンピュータ断層撮影)システムを使っています。また、鳥類の体色や卵色を測定する技術も開発しています。
青山 なるほど。
山岸 もちろん種や亜種についても分かりますし、標本は年代が分かっていますので、標本の体の大きさや、羽や体組織の変化を比較すれば、各種の汚染の有無や環境の変化の様子などを調べることができ、環境保全に役立つものです。
しかし、標本を使ってどんな新分野が創出できるかは全てが分かっているわけではありません。分からないからうまく説明できなくて、標本はなおざりにされているのかもしれません。生物学の中でも生態を調べるとか、分類に関する講座や研究者の数は減り、絶滅危惧種のように消えようとしています。だから私たちは研究所の標本を使ってどんな研究ができるのかを研究しています。
今、研究員は15人いるのですが、うちのスタッフだけでは間に合いませんので、いろいろな外部の専門家に声をかけています。例えば、色の専門家には標本の色から何が分かるかを、形の専門家には形をどうとらえるかを、鳥類学者ではない方たちとも共同研究を始めています。こちらのほうは緒についたばかりです。
6.環境への取り組みを発信すべき
青山 最後に、水資源機構へアドバイスをお願いできませんか?
山岸 聞いたところでは徳山ダムでは広大な地域を公用地として買い上げ、主にブナ林だそうですが、それを保全されているそうですね。あれだけの面積のブナ林が残るというのはすごいことですよね。一度、ブナなど植物生態の専門家に評価してもらってはいかがですか? 研究者にとっても、一般の人々にとってもためにもなると思います。是非、ご検討願いたいと思います。
青山 徳山ダムの山林公有地化の話は世の中の理解を得やすいと思います。また、徳山ダムは、平成20年度土木学会賞「技術賞」を受賞しましたが、その選考において、各種の新技術・新工法を採用し品質の確保に努めたことと共に、山林公有地化事業を我が国で初めて本格的に導入したことも評価いただいております。
山岸 ダムの話題といえばマイナスイメージの情報ばかりで、良い情報はなかなか伝わらないでしょう。皆さんの取り組みの中で、環境問題に寄与している部分も少なからずあるでしょう。それをもう少し掘り下げた形で、世の中に発信して評価を仰いではいかがでしょうか。今年は、水機構さんにとって事業の「王道」について考える良い年になるのではないかと思います。是非頑張ってください。
青山 私共も積極的に情報発信する努力をいたします。本日は長時間有り難うございました。
|