2016年10月4日掲載
極東ロシアの北極海沿岸で繁殖するヘラシギは、環境省レッドリスト(2012年)と国際自然保護連合のレッドリストでいずれももっとも絶滅に近い絶滅危惧IA類に位置づけられており、近年は極端な減少を受けて、なんとか絶滅を防ごうと、国際的な保護活動が進められています。その一環として行われている、ロシアの繁殖地での人工孵化の取り組みで巣立ったヒナの、カラーフラッグ(注)の観察による日本での確認が2例になりました。
ロシアで人工孵化(囲み解説参照)されたヘラシギの最初の例は、2015年9月4日に北海道伊達市網代町(あじろちょう)気門別川(きもんべつがわ)河口で観察撮影された個体で、問い合わせの結果、2015年7月11日にロシア共和国チュコト自治管区南部のメイニピリギノでフラッグと足環を装着して放鳥されたものであることがわかりました。次の事例は2016年4月13日に、大阪府泉大津市の海岸部で観察撮影された個体で、これは、2013年7月25日にやはり同じメイニピリギノで放鳥された個体でした。この2羽はいずれも、メイニピリギノで卵を採集し、孵卵器で孵化させて、ある程度育ったところで放鳥された個体です。
茂田良光研究員は「ヘラシギは、日本では90年代以前はほぼ毎年渡りの時期に観察されていましたが、2000年以降は記録が減少し、観察されない年も珍しくありません。2年連続のフラッグ付き個体の確認で、国際的なチームが絶滅回避のために行っている保護活動の成果が、日本にも及んできたことが感じられます。東アジア諸国の経済発展に伴って、今後一層、繁殖地と渡り経路全体にわたる生息環境の保全が重要になるでしょう。これからも保全のためにデータを蓄積してゆきたいと思います。」と述べています。
※フラッグ付きのヘラシギのロシア側の情報の確認については、NPO法人ラムサール・ネットワーク日本の柏木実さんのご協力をいただきました。
(注)カラーフラッグ、フラッグ=渡り経路を調べるためにシギ・チドリ類などの脚に装着するプラスチック製の「旗」。場所ごとに色の組み合わせを変えて使われ、ヘラシギの例では文字や数字も刻印されており、双眼鏡や望遠鏡による観察でどこから飛来したかを確認できます。鳥の体に負担にならない形状と重量に設計されています。
ヘラシギはスズメほどの大きさで、嘴の先がスプーンの形をした、東アジアだけに分布するシギの仲間で、ロシア極東地方の北極海沿岸のツンドラで繁殖し、朝鮮半島や中国の湿地を経由して、中国南部、インドシナ半島、バングラデシュの沿岸で越冬します。従来から減少が危惧されていましたが、渡りの中継地や越冬地を中心とした生息地の開発や狩猟などによって、2000年代に入って減少が急加速し、2010年代には推定繁殖つがい数は推定で35〜140つがいほどとなり、2020年には絶滅するとの予測も出されました。こういった状況の中、英国水禽湿地協会やロシアの鳥類研究者らを中心に、東アジア・オーストラリア地域の渡り経路にあたる各国や国際的な保護団体もかかわって、渡りの中継地、越冬地での環境保全や密猟対策や、イギリスの施設での人工繁殖が行われており、平行して繁殖地での保護活動が進められています。繁殖地では、卵と日齢の若いヒナが捕食動物に捕食される割合が極めて高く、個体数回復の障害となっていることから、産卵された卵を採集し、孵卵器で孵化させて、ある程度育ったところで放鳥して捕食を回避する対策が取られており、大きな成果をあげています。繁殖地でのこの活動が、ヘッド・スターティング(=有利なスタート)・プロジェクトです。
山階鳥研では、この事例につき2016年9月14日付けで報道発表を行いました。
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