2023年8月3日更新
第11回山階芳麿賞を受賞された中村浩志博士に、ご自身のこれまでの研究をご紹介いただきます。この稿は、2002年6月7日に開催された受賞記念講演での講演内容を要約したものです。
(山階鳥研NEWS 2002年8月号より)
信州大学 教育学部 生態学研究室 教授
中村浩志
名誉ある山階芳麿賞を受賞することができ、大変光栄と感じます。私のこれまでの研究歴にふれながら、受賞の理由となったカッコウの研究をご紹介したいと思います。
子供の頃、私は近くの山や千曲川などで大いに遊んで育ちました。その頃、野鳥を捕まえて飼うことや鳥の卵の採集は遊びの一部でした。野鳥に関心を持ち、烏の研究を始めたのは、信州大学に入学してからです。入学してすぐ、野鳥の宝庫として知られる戸隠高原で「戸隠探鳥会」に参加し、戸隠の自然と野鳥のすばらしさに感動したことがきっかけです。この探鳥会は、私の恩師であり第1回山階芳麿賞の受賞者である故羽田健三先生が1951年に始めたもので、その後も毎年5月に開催され、今年で51周年目を迎えました。
生態研究室に入った私は、2年の時からカワラヒワの研究を始めました。卒業後は、指導教官であった羽田先生の薦めもあり、京都大学理学部の大学院に進学しました。
カッコウの研究を始めたきっかけは、学位論文をほぽまとめ終わった頃、京都の本屋で、イギリスの鳥学者イアン・ワイリーの『The Cuckoo』という本を見つけたことです。この本を読み、自分では子育てをせず、他の鳥の巣に卵を産み、育てさせるカッコウの托卵の不思議さに改めて感動しました。しかし、托卵行動の詳細や社会構造など、肝心の点は多くが未開明(未解明)であることを知り、次はカッコウの研究に取り組んで見たい(みたい)と考えました。
その翌年、信州大学教育学部に助手として戻ることができました。今から22年前の1980年のことです。さっそくカッコウの調査を開始しました。最初の難問は、いかにカッコウを捕獲するかでした。ヨーロッパの多くの研究者がカッコウの研究を手がけましたが、この鳥を捕獲して個体識別に基づいた野外観察はまだだれも実施していませんでした。カッコウは捕獲が難しいからです。最初、鳥もちを使ったり、毛虫を餌に無双網での捕獲を試みましたが、いずれも効率が悪すぎました。最終的に行き着いた方法が、滑車とロープを使ってカスミ網全体を林の樹冠部まで引き上げ、捕まったらカスミ網を下ろすというものでした。この方法で、千曲川調査地のほとんどの個体を捕獲できるようになりました。捕獲した個体には、翼にウィングリボンをつけて個体識別し、そのうち何羽かには発信機を装着して放鳥しました。
個体識別し発信機をつけた調査から、まずわかったことは、カッコウは一日中千曲川の繁殖地にいるのではないことです。日に何度かは近くの山に餌を食べに訪れていました。繁殖場所と採食場所が違っていたのです。強い雄ほど托卵する巣の多くある場所を占め、雄は順位関係に基づいたなわばり構造を持っていました。また、特定の雄と雌のつがい関係はなく、雄も雌も複数の相手と性関係を持ち、乱婚に近い繁殖形態と判断されました。雌は雄の助けなしに托卵し、卵は産みっばなしで、托卵した巣を再度訪れることは決してありませんでした。千曲川ではオオヨシキリ、モズ、オナガの3種に托卵していますが、カッコウの雌ごとに托卵する相手の種類が決まっていました。これらの事は、いずれも個体識別し発信機をつけた追跡調査(写真1)で初めて解明できた問題です。
カッコウはさまざまな宿主に托卵し、それぞれの宿主の卵に似た卵を生むことが古くから知られ、宿主に対応した系統(gentes)が存在すると考えられていました。そのため、カッコウは乱婚であること、雌ごとに托卵する宿主が決まっているという観察結果は、托卵行動の適応と進化を考える上で極めて重要な意味を持っていました。上記の観察結論が正しいかどうか、遺伝子であるDNAの解析からも、さらに確かめることにしました。
多数のカッコウの親と雛から血液サンプルを採集し、その分析はカナダのマクマスター大学のギブズ氏に依頼した所、5年後にようやく結果が出ました。親子関係を明らかにすることで、カッコウの性関係は乱婚であること、雌は特定の宿主に托卵する宿主特異性があるのに対し、雄は異なる宿主に托卵する雌とも性関係を持ち宿主特異性がないといった、それまでの行動観察から得られていた我々の結論が遺伝子レベルでも再確認されました(Marchetti,Nakamura & Gibbs 1998)。また、このサイエンス誌に掲載された論文から、カッコウの系統は雌により維持されている可能性が高いことが示唆されました。
次の課題は、カッコウの系統は雌側を通し維持されているかの確認です。ケンブリッジ大学のデイビス氏らがイギリスの異なる宿主に育てられたカッコウの雛から集めた血液と我々が日本で集めた血液のDNAを、カナダのギブズ氏が分析しました。その結果、核DNAには違いが見出せなかったが、ミトコンドリアDNAには異なる系統間に違いを見出すことができました(Gibbs et al. 2000)。このネイチャー誌に掲載された論文から言えることは、卵の形質は雌の持つW染色体の遺伝子により決まっている可能性が高いこと、乱婚であっても雌側を通して系統が進化し得ることでした。
このように、千曲川での研究からカッコウには宿主に対応した系統が存在することが、行動からも遺伝子レベルからも証明され、擬態卵の系統進化のメカニズムを解明する糸口がつかめたのです。
カッコウの調査を始めて間もなく、カッコウと宿主の相互進化を研究する上でまたとないチャンスに恵まれたことに気付きました。オナガにカッコウが托卵を開始したのです。長野県では今から60年前、カッコウは高原に、オナガは平地に住んでいたのですが、その後両者が分布を拡大した結果、1970年代中頃にオナガヘの托卵が開始されました。オナガヘの托卵は、その後わずか15年間でオナガの分布域全域に広がり、地域によってはオナガの巣の8割近くが托卵され、1つの巣に最高5個のカッコウ卵が托卵される異常事態が起きたのです(写真2)。原因は、カッコウの托卵に対する十分な対抗手段をオナガが持っていなかったからです。しかし、オナガはその後短期間に、カッコウに対する攻撃性やカッコウ卵を巣の外に放り出すなどの対抗手段を確立しだしました。
オナガ卵は、カッコウ卵より少し大きく、模様も似ていません。托卵が始まった当時、オナガはほとんどのカッコウ卵を受け入れていましたが、その後排斥されるカッコウ卵が急増しました。どんなカッコウ卵が排斥されているかを分析した所、小さめ卵や線模様の多いカッコウ卵ほど排斥されていました。オオヨシキリとモズ托卵でも同様でした。これら3宿主の卵は、斑点と斑紋のみで、いずれも線模様がありません。なぜ、カッコウ卵の多くは、現在不利な線模様を持っているのでしょうか。
その理由は、ホオジロにあることがわかりました。今から70年程前、日本各地でカッコウ卵を採集した石沢健夫さんは、信州と富士山麓ではホオジロヘの托卵が多く、ホオジロ卵に似た線模様のみのカッコウ卵はこの地域特産としています(石沢1930)。事実、この時代に採集された線模様のみのカッコウ卵が、現在各地の博物館等に残されています。しかし、長野県に現在もホオジロが多数生息しますが、この鳥への托卵は希で、線模様のみのカッコウ卵も希です。また、カッコウ卵に似せた擬卵をさまざまな宿主の巣に入れ実験した所、ホオジ口が最も高い卵識別能力を持ち、擬卵を排斥することがわかりました。わずか70年の間にホオジロが卵識別能力を獲得したため、托卵できなくなったものと考えられます。従って、現在のカッコウ卵に見られる線模様は、ホオジロに托卵していた時代の名残で、現在は線模様の少ない卵へと進化する過度期にあるものと考えられます。
オナガは、托卵が始まった当初、カッコウに一方的に托卵されていましたが、最近では対抗手段を確立した結果、オナガヘの托卵は次第にうまくいかなくなって来ています。このまま、オナガ卵に似ていないカッコウ卵が排斥され続けたら、カッコウ卵は次第にオナガの卵に似てくることが期待されます。かつてホオジロに托卵していた頃に優勢だった線模様のみのカッコウ卵が、現在では希となっていることを考えると、この変化は意外と30年、50年といった短期間に起り得るものかも知れません。もしそうなら、自然選択を通してカッコウの卵模様が変化するという、進化の事実を我々は目で確認できるかも知れないのです。
もう一つ、興味深い事実がわかりました。現在西日本の平地にはカッコウがいなく、この地域のオオヨシキリは托卵されていません。琵琶湖での調査の結果、現在托卵されている千曲川のオオヨシキリよりも、托卵されていない琵琶湖のオオヨシキリの方が、卵識別能力と攻撃性ともに高いことがわかりました。なぜ、琵琶湖のオオヨシキリの方が、高い対抗能力を持っているのでしょうか。この理由として、西日本平地のオオヨシキリは、かつてカッコウに托卵された歴史があり、その時代に確立した対抗能力を現在も持つからと考えました。そのことを示す事実がないか古文献を調べたところ、江戸時代に西日本の平地の各地でカッコウが生息していたという証拠が見つかりました。生息していたら、オオヨシキリヘの托卵が考えられ、オナガの場合と同様オオヨシキリが対抗手段を確立したため、カッコウは西日本から東日本へと分布を変えたと考えられます。
以上、オナガ、ホオジロ、オオヨシキリの事実から、カッコウは托卵する相手の鳥あるいは地域をたえず変えることにより、托卵を続けることに適応しているという「宿主乗り換え仮説」を提唱しました。托卵鳥が托卵というずる賢い繁殖をなぜいつまでも続けることが出来るかは、鳥の研究者にとって共通の関心事です。これまでに、この点を説明する仮説として、「進化的時間のずれ仮設」、「軍拡競争仮説」、さらに「進化的平衡仮説」が提唱されています。しかし、どの仮説が正しいかについては、今後の課題です。
カッコウの托卵ほど不思議な行動はありません。卵擬態などこの鳥の托卵に見られる巧妙な行動は、宿主との攻防戦を通して進化したことはほぽ間違いないのですが、どのように進化しえたのかは依然謎だらけといっても過言ではありません。20年かけそのほんの一部を解明できたに過ぎないというのが実感です。はたして、今後カッコウ卵がオナガ卵に似てくるのかどうか、また両者の攻防戦を通して「宿主乗り換え仮説」が実証できるかどうか、ライフワークとしてこれからも研究を続けて行きたいと思います。
これまで、カワラヒワ、カッコウの他、カケス、ブッポウソウ、ライチョウ、フクロウ類、ワシタカ類など、実にさまざまな鳥を研究してきました。カッコウの研究で、欧米の研究者より優れた研究ができたのは、子供の頃の遊びを通して身につけた豊富な原体験があったからと、最近思うようになりました。木登りが得意であったこと、野外調査での勘と工夫、丈夫な体と体力があったからと思います。これらの能力は、いずれも子供の頃に、遊びを通して身につけたものです。
最後になりますが、今回お話したカッコウの研究は、研究室の多くの学生たちと一緒に行った共同研究の成果です。その意味で、今回の受賞は私個人に与えられたものではありません。この機会に、一緒に研究された方、また研究を支えてくれた多くの方々にお礼を申し上げます。
(なかむら・ひろし)