2024年3月7日掲載
(2024年3月11日更新)
山階鳥研でアホウドリの小笠原諸島への再導入に従事し、現在は兵庫県立大学でコウノトリの日本への再導入に携わっている出口智広さんに、国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature:以下、IUCN)による、野生生物保全のための移送に関する第3回国際会議がどのようなものであったかを紹介してもらいました。
兵庫県立大学 地域資源マネジメント研究科 准教授 出口智広
現在、全世界は生物多様性喪失の危機に直面しており、種や個体群の絶滅はさらに加速すると予測されています。このような状況を受けて、保全を目的とする個体の意図的な移送(Conservation translocation)は、保全生物学における実学領域として盛んに実施されてきました。Conservation translocationは、その目的によって、補強(Reinforcement)、再導入(Reintroduction)、定着支援(Assisted colonization)などに分けられますが、いずれにおいても、IUCNの種の保存委員会が示す指針に従うことが暗黙のルールとなっています。IUCNは、この取り組みについて、1998年に包括的な指針(Guidelines for reintroductions)を公開し、2013年には改訂版(Guidelines for reintroductions and other conservation translocations)を示しています。また、IUCNは、世界中の取り組みについて広く情報共有するため、報告書Global re-introduction perspectivesを定期的に取りまとめるだけなく、国際会議も開いてきました。
この国際会議は、これまで米国シカゴのリンカーンパーク動物園において、2008年に第1回、2018年に第2回が開かれましたが、第3回は場所を移し、オーストラリアのフリーマントルにあるエスプラネードホテルで2023年11月に行われました。フリーマントルは、「世界で一番幸せな動物」と言われるクオッカの生息地ロットネス島が隣接することで有名な街です。アホウドリ、コウノトリを題材としてこの分野に長らく携わってきた身として「世界の流れはつかんでおかねば!」と思いつつ、過去2回はタイミングが合わず、今回初めて参加することができました。寂しくも日本人は私一人だけでしたので、備忘録の意味も込めて、会議の概要を報告したいと思います。
この国際会議は、参加者として行政やNGOなどの実務担当者をメインターゲットとしており、本会議の前後にワークショップを用意していることが特徴の一つと言えます。ワークショップでは、計画策定の基本、遺伝情報の扱い方、弾力性に富んだ個体群のつくり方、病害リスクの評価、個体群動態の統計手法について、各専門家からトレーニングを受ける機会が設けられていました。
3日間の本会議では、朝一番に基調講演が開かれます。初日はサンディエゴ動物園ワイルドライフアライアンスのJoyce Maschinski博士が、所属先で構築する北米植物の移送データベースが、情報共有や統計解析、運営管理など、多くの利点を生み出すハブとして機能していることを紹介しました。2日目は、オーストラリア政府の協力者であるSamantha Fox博士が、顔面腫瘍性疾患の感染拡大を断つためマリア島へ移送したタスマニアデビルの動向と、それに伴う在来生態系への影響について紹介し、最終日はノルテ・フルミネンセ州立大学のCarlos Ruiz-Miranda教授が、南米で行われるさまざまな移送について、とくに実務担当者や地域住民の意識に注目して、現状と課題をレビューしました。私にとっては、ヒトとの摩擦を扱うCarlos Ruiz-Miranda教授の講演がとりわけ興味深く感じられ、人里での取り組みを成功に導くための留意点として、「地域住民が長期的に関わる機会を設けること」「リリース後の環境や景観の管理を十分考えること」「リリース個体の生存率が低くても絶望しないこと」の3点を強調していたことが心に残りました。
本会議では107題の口頭発表と49題のポスター発表があり、セッションは「過去の失敗から学ぶ」「植物の移送」「定着支援」「移送が生態系へ及ぼす影響」「野生絶滅種の移送」「革新的アプローチ」「捕食者管理環境への移送」「対象の健康管理」「ケーススタディ」「オープンフォーラム」に分かれていました。やや多かった「革新的アプローチ」を除くと、ほかのセッションの発表数はほぼ均等でした。一方、対象地域、対象種、テーマには偏りが見られ、対象地域はオーストラリア、北米、ヨーロッパ、対象種は鳥類、有袋類、哺乳類、テーマは計画管理、技術開発が多くを占めていました。また、主要テーマだった計画管理では、リリースや合意形成に関心が集中していました。全体を通して印象的だったのは、“Beyond the species” “Beyond the island” “Researchers, practitioners and communities”という言葉が発表中よく使われていたことです。
なお、私は「ケーススタディ」のセッションにおいて、コウノトリの野生復帰を題材として、創始個体が有する個体変異が、現在復活しつつある個体群への加入に及ぼす影響について発表しました。野生復帰とは、野外の母集団から個体を人為環境下に移し、飼育増殖を経て野外に戻す保全手法です。しかし、母集団から得られる個体はたいてい少ないためグループ構成には偏りが生じ、加えて、飼育下では自然条件とは異なる選択がかかるため、野外環境に戻した個体が順応するとはかぎりません。このような懸念を明らかにするため、変異が維持されやすいミトコンドリアDNAのタイプ(ハプロタイプ)に注目して、野外のコウノトリの生存率や繁殖率を調べてみました。その結果、繁殖率に顕著な違いは見られませんでしたが、生存率は特定のハプロタイプのみ低いことがわかりました。しかしながら、現在の野外のコウノトリは生存率の低いハプロタイプが多数派を占めており、なんとも不思議な状況です。これは、野外に戻す個体がこれまで家系の多様性に基づいて選ばれており、ハプロタイプには注目してこなかったことが理由にあげられます。今後、野外のコウノトリの加速的な回復を望む場合、このような遺伝形質による適応度の違いにも目を向ける必要があるでしょう。なお、本発表内容は、アメリカ鳥学会の学術誌Ornithological Applicationsに掲載されました(https://doi.org/10.1093/ornithapp/duae005)(編集注)。
さて、日本においてConservation translocationは、もっぱら個別の種や個体群の回復を図るため実施されていますが、世界的な流れでは、気候変動や人間活動による生態系へのダメージの回復または予防という、より大きな課題に挑む術となりつつあることを、今回の参加を通じて確認できました。そのため、対象は単一種から複数種あるいは生態系エンジニア(注1)となる種を、実施場所も対象の回復を阻む要因を管理しやすい島嶼から本土を選ぶケースが、今後増えていくと予想されます。また、この流れに沿って、配慮すべき重要なステークホルダー(注2)も専門家から地域住民へと変わっていきそうです。日本ではトキ、コウノトリ、アホウドリに続き、ヤンバルクイナ、ライチョウ、アカモズ、オガサワラカワラヒワなどの取り組みが実施、または予定されています。このような国内の需要だけでなく、世界の流れにも応える成果や提言を示せるよう、教育研究に励まねばならぬ、と気の引き締まる国際会議となりました。
(注1)さまざまな生物の生息環境を改変したり、創出する役割を担う生物。
(注2)取り組みによって、直接的または間接的に影響を受ける利害関係者。
(編集注)紙面掲載時より変更
(写真・文 でぐち・ともひろ)