2018年8月15日掲載
山階鳥研 自然誌研究室 研究員 齋藤武馬
鳥類標本の中には、採集されたあとで環境破壊などによってその鳥が絶滅してしまい、数少ない標本がその鳥の生息の貴重な証拠となる場合があります。そういった標本を新しい技術で研究することで、絶滅が起こったあとでも新しい発見ができ、絶滅していない仲間の今後の保全に役立つ知見が得られる場合もあります。そのような事例として、齋藤武馬研究員と小林さやか専門員が、フランスとスイスの研究者との共同研究で取り組んだ「ナンヨウヨシキリ類の分類」について、遺伝子解析等から分かった成果をご紹介します。
第二次世界大戦以前の日本は、太平洋上の広い地域の島々を日本領として統治していました。そのような歴史的背景は、鳥類の研究とは一見なんの関係もないように思えますが、実は深い関係があります。その一例として、日本鳥学会が発行している日本鳥類目録(注1)の第2版(1932年)と第3版(1942年)を見てみると、現在の鳥類目録とは違い、西太平洋ミクロネシア産の鳥類が、それぞれ141種、147種も多くリストに加えられているのです。それは、当研究所の創始者である山階芳麿博士が、1930年から西太平洋に浮かぶ島々で鳥類標本の採集と新種記載などの分類学的研究を精力的に行ってきたことと関係しています。今回の「ナンヨウヨシキリ類」は、その島々の一つであり、小笠原諸島から南に約1,000km以上南下したところにある、マリアナ諸島で採集されました(図1)。この「ナンヨウヨシキリ類」に限らず、西太平洋の島々で鳥類標本を採集したのは、山階博士に雇われた採集人、折居彪二郎(おりいひょうじろう)氏でした。同氏は、昭和5〜6(1930〜31)年にかけて、マリアナ諸島に派遣され、多くの鳥類標本を採集しています。また、山階博士自身も翌年の昭和7(1932)年に現地を訪れています。
「ナンヨウヨシキリ類」は、全長約18cm、体重が35gほどのヨシキリの仲間で、スズメ目に属する小鳥です。日本にいるオオヨシキリが近縁種です。なぜ「ナンヨウヨシキリ類」と書いているかというと、分類の見解によって、“ナンヨウヨシキリ”は1種になったり、複数の独立種に分かれたりしているからです。「ナンヨウヨシキリ類」の分類の変遷について、表1に示します。これによると、目録第2版では、3つの独立種となっていますが、第3版では、それらがすべて1種として扱われています。これは、1942年に山階博士によって、分類の再検討がなされたことによります。それによると、外部形態による研究から、1種の中に5つの亜種(注2)を含むという分類がなされ、さらに和名も変更されています。このように「ナンヨウヨシキリ類」は、分類学的に複雑な変遷を辿(たど)ってきました。
以下、和名については、表1の目録第3版に出てくる亜種和名を用いて説明します。これらの鳥のうち、ニジョウナンヨウヨシキリ、ヤマシナナンヨウヨシキリ、グアムナンヨウヨシキリはすでに絶滅し、現存していません(図1)。また、ニジョウナンヨウヨシキリの標本は、世界中の博物館を探しても、山階鳥研にしかありません(写真1)。この「ニジョウ」という和名は、採集者の二條豊基(とよもと)男爵に因んで、山階博士が献名したことに由来があります。
そこで私達は、古い標本の趾(あしゆび)の皮からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの塩基配列を調べました。分子系統樹を作成した結果、カロリン諸島に分布する亜種ナンヨウヨシキリを除いたマリアナ諸島内では、4つの亜種間の遺伝的差異は大きいことが分かりました。また、これらの鳥達は、諸島外から複数回にわたって、マリアナ諸島に飛来して定着し、独自に進化してきたという可能性が示唆されました(注3)。加えて嘴(くちばし)やその他部位の形態的特徴も加味すると、1942年の山階博士の研究によって認められた亜種は、それぞれが別種として分類されることが適切であるという分類学的な見解を示しました(表1)。しかし、新しい分類の提唱後、それぞれの種の適切な和名はまだ決まっておらず、今後検討が必要です。
図1にあるように、これらの多くは絶滅しています。島によって原因が異なりますが、農業や酪農による環境破壊、火山の噴火、ヤギやミナミオオガシラ(ヘビ)といった、外来動物による環境の改変や捕食に起因するといわれています。アラマガン島とサイパン島には現在もAcrocephalus hiwaeが棲息していますが、アラマガン島に200〜300羽(2002〜2012年の間)、サイパン島に2,792羽(2007年時点)しかいないと推定されています。そして現在も、ネズミやヘビの増加により、個体数は減少しており、今後の保全対策が急がれます。
山階鳥研の収蔵庫には、古い年代に採集された標本や、絶滅鳥の標本が数多く 収蔵されています。これらの種の分類学的位置関係を調べることは、現存する鳥類種の進化を探る上で役に立ちます。また、時間的経過を追えるくらい標本の数があれば、遺伝的多様性の減少が検出でき、絶滅に向かう経過を辿ることができるかもしれません。将来、絶滅種をこれ以上増やさないためにも、過去の絶滅種から学ぶことは、いろいろとありそうです。
(文・写真・図 さいとう・たけま)
(注1)日本鳥学会が発行する、日本産鳥類種のリスト。初版は1922年で約10年毎に改訂版が発行される。最新版は2012年の日本鳥類目録改訂第7版。
(注2)亜種とは種の下の分類階級の名称で、異なる地域に分布する色や形態が異なる集団全体のことをいう。
(注3)Saitoh, T., Cibois, A., Kobayashi, S., Pasquet, E. and Thibault, J-C. (2012) The complex systematics of Acrocephalus of the Mariana Islands, western Pacific. Emu 112: 343-349. https://doi.org/10.1071/MU12012