2021年9月8日掲載
7月26日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の第44回世界遺産委員会拡大会合(オンライン開催)において「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」を世界自然遺産一覧表へ記載することが決定されました。日本が候補地に推薦してから登録までに18年かかりました。この世界自然遺産の特徴、山階鳥研との関わり、これからの課題などについて、2014年から「環境省奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産候補地科学委員会」で委員を務めてきた尾崎副所長に解説してもらいました。
副所長・上席研究員 尾崎清明
世界自然遺産は、他にはない価値のある自然で、人類の遺産として未来に引き継ぐ必要があるとユネスコが認めたものです。日本にはこれまで白神山地、屋久島、知床、小笠原諸島があり、今回は5番目の世界自然遺産となります。①自然の美しさ、②地球の歴史を示す地形や地質、③生態系、④生物多様性を保っている、の基準のうちいずれか一つ以上を満たす必要があり、この「奄美・沖縄」世界自然遺産は生物多様性を守るのに大切な地域と認められました。なお、認められるためには、国がその地域の自然を保護する責任を持つ必要があり、そのために、先駆けて2016年にやんばる地域は国立公園に指定されています。ところが、この国立公園には当初米軍の北部訓練場が含まれておらず、地域が分断されていること等が課題となって、2018年にはIUCN(国際自然保護連合)から「奄美・沖縄」世界自然遺産は一旦登録延期が勧告されるという経緯がありました。
今回の指定地域は、生物地理学的(注)には中琉球(奄美大島、徳之島、沖縄島)と南琉球(西表島)に分けられ、すでに世界自然遺産となっている北琉球の屋久島を含んで琉球列島(大東諸島と尖閣諸島を含めると南西諸島)と呼ばれています(図1)。琉球列島は地史的にみると、何度か大陸とつながったり、分断を繰り返してきました。そのため、特に陸続きでないと移動が困難な、両生・爬虫類などでは、島ごとに固有種が見られています。
鳥類では、日本産鳥類(633種)のなかで、日本にしか生息していない固有種が12種類(昨年、山階鳥研等が提唱したオガサワラカワラヒワを含む)ありますが、このうち「奄美・沖縄」世界自然遺産地域には、過半数の7種類が見られます。
この地域に関して山階鳥研ではさまざまな研究を実施してきました。生物地理学的な観点からは、研究所創設者の山階芳麿(よしまろ)博士や黒田長禮(ながみち)・黒田長久博士に始まり、山崎剛史(たけし)研究員が研究を行っています。また齋藤武馬(たけま)研究員が、DNAによる分類の研究を、そして水田拓(たく)研究員らが中心となって固有亜種オオトラツグミの生息状況を継続調査しています。なかでも1981年に沖縄島北部で山階鳥研によって新種記載されたヤンバルクイナの存在は、「やんばる」地域の名前を広め、マングースなど外来種の対策、保護増殖事業による保全の成果などもあり、今回の世界自然遺産への足掛かりを作ったものとして、評価できると考えます。
世界自然遺産の登録はゴールではなく、スタート地点に立った、と考えるべきです。世界がその価値を認めたことを誇りにして、価値をより高めるための継続的な努力が求められます。万が一その価値が損なわれるようなことがあると、「登録抹消」ということもあり得るのです。実際にオマーンにあるアラビアオリックスの保護区は、1994年に世界自然遺産に登録されたものの、その後政府が天然資源開発を優先して自然保護区を勝手に縮小したこと等から、2007年に抹消されています。
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」世界自然遺産にもさまざまな問題があります。まずは、その名前が示すように、対象地域は大きく4か所に離れて存在し、それぞれの地域も細かく分断されています(図1)。特に沖縄島北部に関しては、米軍の基地が依然として中央の大きな範囲を占めていて、この部分は対象地域から外れています(図2)。
つぎに、外来種が在来種に与える脅威は、いずれの地域でも大きな問題として存在しています。ヤンバルクイナに対するマングースやノネコによる捕食は、これまでの多大な努力によって軽減の兆しはあるものの、いまだに根本的な解決には至っていません。
またロードキル(野生生物の道路上での死亡事故)によって、希少種(アマミノクロウサギ、ヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコなど)だけでなく、道路を横切る昆虫、両生・爬虫類など多くの生物が犠牲となっています。さらにその死体に依存するカラスの増加が、希少種への新たな脅威となっていることにも留意すべきでしょう。
そして、世界自然遺産として有名になったことで、多くの観光客が無秩序に押し寄せる「オーバーツーリズム」による自然破壊や野生生物への影響も予想され、十分に対策を講じて防止すべき課題です。
山階鳥研は、今後もこの地域の鳥類の生態や保全の研究、普及啓発活動を通して、新たに誕生した世界自然遺産を未来に引き継ぐため、貢献していきたいと考えます。
(文 おざき・きよあき)
(注) 動植物の現在の分布を明らかにし、その成因を地理的・地史的な要因や生態的・環境的な要因から明らかにしようとする学問分野。