読み物コーナー

2021年3月11日掲載

美術と解剖 標本製作アルバイトに従事して

東京芸術大学大学院 非常勤講師 小山晋平

生き物の形を正確に描くには体の仕組みの理解が不可欠で、そのために美術に関連する学問分野として美術解剖学があります。2019年から山階鳥研で鳥類の標本製作のアルバイトをしながら、鳥類の美術解剖学の研究に携わっている小山晋平さんに、山階鳥研での仕事とご自身の研究について紹介してもらいました。

山階鳥研ニュース」2021年3月号より

美術解剖学という学問があります。ヨーロッパでは美術教育が体系的に始まるアカデミー以前、工房制や師弟制度の時代から現代まで教えられてきている学問です。しかし日本では唯一、東京芸術大学大学院に専門とする研究室があるだけです。

その研究室の博士課程に在籍していた私が、山階鳥研を初めて訪れたのは、2012年の夏でした。芸大の研究室で、所蔵する鳥の分解骨を交連()させようとしましたが、知識に乏しく、何の鳥なのか、それすらわからない状態でした。そこで山階鳥研に伺うと、骨の比較のため収蔵庫へ案内してもらいました。博物館や研究所の収蔵庫に入った事がなかったので、多くの標本が収まっている重厚な棚や、天井にまで標本が吊り下がり、ぎっしりと、それでいて整然と並んだ収蔵品を見て感動したのを覚えています。標本を増やし後世に引き継ぐという博物館や研究所の役割について、収蔵庫という場で伺い、実感を伴って理解できました。標本の蓄積の重要性に触れて、その製作に携わりたいと考え、解剖の手伝いをさせてもらう事になりました(写真)。

ウミネコの解剖

山階鳥研でウミネコの解剖をする筆者。仮剥製とするため、皮膚と羽毛を残す。腐敗する肉や脂肪はできる限り除去しなければ標本を傷める原因となってしまう。除肉は地道な作業が必要だ。

美術解剖学では、解剖学的知識を美術制作の表現に生かすことが目的の一つです。人体の解剖見学や、大学の研究室で行うことのできる小動物の解剖などを行っています。大学で行う解剖は観察を目的としていますが、山階鳥研では、標本として残さなければいけません。一つの検体からでも仮剥製(かりはくせい)標本、組織標本、骨格標本など、さまざまな標本が得られるということ、また、羽の一本でも貴重な資料となるということを教えていただきました。適切な処理を経て残される標本、その製作の一端を担うことは貴重な経験です。

現在、芸大で非常勤講師として、解剖で得た知見を美術に還元しようと努めています。美術において解剖の体験は様々な面で有益です。しかし美術系の大学では、簡単に解剖できる状況とは言えません。そのために美術解剖学ではテキストとして解剖図を使用します。人体では多くの優れた美術解剖図が制作されていますが、動物、特に鳥類に限るとその数は多くありません。優れた解剖図を普及させる一環で、ドイツの動物学者エレンベルガーの動物解剖図の邦訳に携わり、昨年出版しました(囲み)。高い技術によって表現された美術解剖図ですが、哺乳類を対象としており鳥類を含んでいません。そこで鳥類を対象とした美術解剖図の制作をしようと研究を進めています。ありがたいことに文部科学省科学研究費による助成を得ることができたので、成果としても解剖図を完成させることが現在の目標です。

美術では作品が成果であり、その基礎として学ぶ美術解剖学は現状それ自体では作品として成り立っていません。解剖図として美術作品への昇華は可能ではあります。ただ、芸術の基礎として蓄積され、引き継ぐこと、それこそが重要であり、分野を問わず大切なことなのだと思っています。

(写真・文 こやま・しんぺい)

(注)交連:分解された動物の骨を正しい配置で連結し、組み立てること。

エレンベルガーの動物解剖学

エレンベルガーの動物解剖学
ヴィルヘルム・エレンベルガー(著)、ヘルマン・ディットリッヒ(画)、平谷 早苗(編)、小山 晋平ほか(訳)

ボーンデジタル/ 2020 年/ 変形版(310 × 235mm)、320 頁/ 定価4,500 円+ 税/ ISBN 978-4-86246-461-3

1911年に出版された芸術家のための動物解剖図集。ウマ、ウシ、ライオン、ヤギ、イヌの骨格と筋肉の図、さまざまな方向から、また筋は表層から深層まで分けて描かれています。原著はドイツ語で、英訳版が出版されていましたが、体表の特徴や,内部構造、それぞれの骨や筋についての説明は翻訳されておらず、本書が初めての完訳本です。山階鳥研でアルバイトをしている小山晋平さんが共訳者として参加しました。

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