2024年8月22日掲載
研究員 齋藤武馬
私が、修士・博士課程の大学院生だったころ、立教大学の上田恵介先生(現、同大学名誉教授、日本野鳥の会会長、山階鳥研特任研究員)の研究室に在籍していて、メボソムシクイの分類を研究テーマにしていました。博士論文の結論を先に話してしまいますと、従来はメボソムシクイは1つの種でしたが、私たちの研究によって、実は1種ではなく、コムシクイ、オオムシクイ、メボソムシクイの3種を含んでいるということが明らかとなったのです(注1)(注2)。現在ではこの3種のうち、日本で繁殖しないコムシクイを除き、オオムシクイは主に北海道知床半島に、メボソムシクイは本州以南の高山帯で繁殖することがわかっているのですが、それを調べるために、さまざまな地域の高山帯で鳥の捕獲調査を行う必要がありました。
大学院時代、よく調査に足を運んだのは、富士山須走口(すばしりぐち)の五合目周辺の森林でした。現在は職場の同僚で、ルリビタキの研究をしている森本元 研究員と一緒に毎日五合目の駐車場で車中泊をしながら、高山帯に棲息する鳥の観察や捕獲調査をしていたのです。その後調査範囲は拡がり、メボソムシクイの捕獲を行うために、北は北海道の知床半島から東北、本州、四国、九州の山岳帯(標高1,000〜2,500m付近まで)で調査を行うようになりました。
そのような場所で調査を行う場合、数日間は山の中ですごすので、まず登山の格好をし、テントや寝袋、食料やコンロなど野営に必要な道具をザックに入れて運ぶことはもちろん、それに加えて、かすみ網(※)とバンディングポール、カメラ、測定道具などの調査道具も持ち込まなければいけません。そのためとても大きく重い荷物となってしまいます(図1)。生活に必要な装備を背負って登山するだけでも大変なのに、さらに調査に必要な道具一式が加わるのです。そのため、持っていけるかすみ網の枚数も限りがあり、たいてい1回の捕獲で1枚ほどしか張ることができません。それでもなんとか成功し、鳥を捕獲できたときは、今までの苦労も吹き飛んでしまいます(図2)。
それに加え、北海道ではヒグマに遭遇する危険性がかなり高いので、その警戒もしなければなりません。私が主に調査した北海道の知床半島は、ヒグマの高密度生息地帯なので、とくに注意する必要がありました。山の中を歩く際には、クマと出会い頭に遭遇しないよう、常に大きな音を出して歩き、万が一近距離で遭遇してしまったときのためのクマ撃退スプレーを携帯しています。また、テントで野営する場合は、そこに食料を置いておくとクマに荒らされる危険性があるので、テント場から離れた場所にある金属製の重い扉のついたフードロッカーに保管する必要があります(図3)。
このように、一人だけで高山地帯を調査する場合は、とても労力がかかります。また、一人ぼっちで寂しいと思われるかもしれません。しかし、深い山の中でぽつんとソロでテント泊をするのは、周りの景色を独り占めでき、自然と一体になったような気分にもなれるので、とても贅沢な時間のすごし方なのです(図4)。このように充実した時間をもてるのが山岳調査の楽しみではありますが、昨年行った北海道日高山系の調査では、山行時間が長すぎて膝が痛くなってしまうという苦い経験をしました。若いときはバリバリ行動できたのに、体力の低下を実感せざるをえませんでした。今度このような調査を行う必要がある場合には、事前にトレーニングをしておかなければと、反省した次第です。
※かすみ網の所持や使用は、環境省からの鳥獣捕獲許可が必要です。
(注1) Saitoh T, Alström P, Nishiumi I, Shigeta Y, Williams D, Olsson U & Ueda K (2010) Old divergences in a boreal bird supports long-term survival through the Ice Ages. BMC Evolutionary Biology 10: 35. doi: 10.1186/1471‒2148-10-35.
(注2) Alström P, Saitoh T, Williams D, Nishiumi I, Shigeta Y, Ueda K, Irestedt M, Björklund, M & Olsson U (2011). The Arctic Warbler Phylloscopus borealis ‒ three anciently separated cryptic species revealed. Ibis 153: 395‒410.
(文・写真 さいとう・たけま)