2024年6月12日掲載
2月7日に行われた文部科学省科学研究費補助金(特定奨励費)研究成果発表会では、山階鳥研の資料データや標本を使った事例の一つとして、名古屋大学の明田卓巳さんの研究が紹介されました。研究においてこれらのデータを使うようになったきっかけや利用方法を解説いただきました。
名古屋大学環境学研究科地球環境科学専攻 明田卓巳
私は、鳥類の羽ばたき運動に焦点を当て、羽ばたきにおける筋骨格のはたらきと、その形状や構造との関係を調べる研究を行っています。羽ばたき運動では、腕の打ち上げと打ち下ろしが繰り返されます。鳥類の場合、翼の打ち上げにささみ(烏口上筋)、翼の打ち下ろしに胸肉(胸筋)が主に用いられます。これらの筋肉は、どちらも胸部骨格に収められています。
羽ばたくには、ささみと胸肉が大きな力を発揮する必要があります。そのため、胸部骨格はその大きな力に耐えられる構造でなければなりません。さらに、ささみと胸肉が発揮する力は、それぞれ翼を打ち上げる方向と打ち下ろす方向に向くはずです。これらの筋肉が収められている胸部骨格は、その向きに筋肉が力を発揮できるような形状である必要があります。
このように、鳥類の胸部骨格の形状や構造は、羽ばたきに使われる筋肉の力と密接に関連していると考えられます。この関係を明らかにするため、4年間の研究活動の間、私は山階鳥研が所蔵する鳥類標本を活用し続けてきました。
まず、鳥類の胸部骨格の構造的な強度を計算するため、骨格標本の特定の部位をノギスで計測しました。胸部骨格全体の構造を理解しつつ、計測した場所を把握しておくため、写真撮影を行った後、研究ノートに計測結果と胸部骨格のスケッチ、および計測箇所を記録しました(写真1)。この一連の作業を、100種以上に及ぶ幅広い分類群の鳥類骨格標本で行い、得られた計測データをもとに統計解析を行いました。その結果、鳥類の胸部を構成する烏口骨という骨の、曲げ負荷に対する抵抗力が、鳥類の羽ばたき能力の指標となることが明らかになりました。得られた結果は、論文にまとめられています(注1)。
もともと、羽ばたき時に力を発揮する主要な筋肉の情報を胸部骨格から見積もるために山階鳥研で標本調査を行う予定でした。しかし、新型コロナウイルスが猛威をふるい始め、県外で標本調査をすることがかなり難しい状況に陥りました。そんななか、当時私の標本調査に対応してくださっていた山階鳥研の研究員から、骨格標本をCT撮像したデータの提供がありました。そのことをきっかけに、CT撮像データを活用した鳥類胸部骨格の三次元形状解析が始まりました。
鳥類をCT撮像すると、対象を細かく連続して輪切りにしたような断層画像が得られます。専用のソフトウェアで断層画像から骨の部分のみを選びとり、断層画像を再度重ね合わせると、骨格をデジタル空間上に起こすことができます(写真2)。こうすると、ノギスを使った場合と同様の計測をパソコンでできるだけでなく、複数の変数を同時に算出して比較するような、複雑な操作も比較的容易に行えるようになります。このおかげで、さまざまな鳥類の骨格の三次元形状を大量に比較することが可能になりました。
鳥類における羽ばたき運動を伴った飛翔能力や遊泳能力の獲得は、分布域を広げ、新たな環境に進出するきっかけになった可能性があります。そのため、鳥類の胸部骨格の形状から羽ばたき運動を示す構造を調べることは、鳥類の多様性や分布域の広さを理解するうえで重要であると考えています。今後は鳥類の祖先にも視野を向け、鳥類が出現するまでに、どのような羽ばたき運動の進化があったのかを明らかにしたいと思っています。
私のこれまでの研究は、山階鳥研が所有する標本によって成り立っていると言っても過言ではありません。多くの標本調査の許可、データ提供により、コロナ禍にもかかわらず研究を続けられたことに、この場を借りて御礼申し上げます。
(注1) Akeda, T. & Fujiwara, S-i.(2023)Coracoid strength as an indicator of wing-beat propulsion in birds. Journal of Anatomy, 242, 436–446.doi:10.1111/joa.13788
(文・写真 あけだ・たくみ)