2011年4月28日掲載
山階鳥研では毎年春から夏にかけて、主に本州の太平洋岸の海岸に打ち上げられたハシボソミズナギドリの大量死について多くの質問をいただきます。
そこでこの現象について研究していた岡奈理子上席研究員が詳しく解説いたします。
飼育動物の多くが生理的な寿命を全うするのと対照的に、野生動物は、時に突然、生を終えます。天敵に捕食されたり、怪我や病気、悪天候、生息環境の悪化で衰弱したりと、死に至る原因はさまざまです。短命で知られる陸域の多くの野鳥に比べて、海鳥は全般的に、体の大小にかかわらず長寿命なことが知られます。そんな長寿命な海鳥の一つ、豪州で繁殖し、北部北太平洋へ飛来するハシボソミズナギドリが、大量に死んで漂着することがあります。
このストランディング(漂着)現象についてご説明しましょう。
ハシボソミズナギドリ(以後、ハシボソと略します)は、豪州東南部のビクトリア州とタスマニア州に点在する島々で繁殖を終え、春、北太平洋へ飛来します。ハトより一回り大きい程度ですが、両翼を広げると1メートル近くになり、草刈鎌のように細長い翼で、追い風やむかい風、波頭に生じる風までも利用して滑空とはばたきを繰り返し、北太平洋北部の寒流域まで、ほぼ一気に渡ってきます。普段ははるか沖合を通過し、本州以南の湾や入江でみることはありません。4月下旬には北海道の東部の根室海峡にも大きな群れが次々と到着し、クジラやイルカの群と活発に採食潜水する光景が出現します。こうした寒流域の春は、オキアミや小魚などの資源量が極めて多く、渡り終えたハシボソの体力の回復に、最適な海洋環境を用意しているのです。
このハシボソの日本沿岸への漂着は、5月下旬から6月前半にかけて、時に大量かつ広域に起こります。記録が語る大規模発生年は、1964年、1973~1975年、1983~1984年、そして今世紀に入り、多発傾向にあります。
発生域の多くは、四国、紀伊半島沿岸から房総半島、鹿島灘あたりまでの黒潮域が最多です。
1974~1975年には北日本沿岸の親潮域でもストランディングが起こり、特異な広がりをみせました。なぜ特異かと申しますと、西日本に沿って流れる黒潮は生物生産が概して低いため、ハシボソのように、動物プランクトンや小魚類をつまみとったり、潜水してろ過採食する海鳥にとっては、生息に適した海洋環境ではありません。いっぽう、東北沖の太平洋や北海道東部以北の寒流域は、ハシボソの餌生物が豊富なため、春先、これらの寒流域に到着できれば、長距離の渡りで衰えた栄養状態からの回復が比較的容易なためです。
死体の漂着密度は沿岸流の強さと方向、風向で異なりますが、大量漂着年には平均でも海岸1kmあたり30羽前後が漂着しました。沿岸流が漂着密度を高める場所では、1kmあたり80~100羽と、おびただしい数のハシボソが漂着しました。
なぜ渡りの最終エリアの日本沿岸でハシボソの大量なストランディングが起こるのでしょうか。私はその謎解きを始めました。関心がある同僚と知人に呼びかけて、本州の渥美半島、九十九里浜、下北半島などで2年連続で漂着死体をカウントし、漂着死体を収集し分析しました。栄養状態の分析数は大量死鳥と比較のために繁殖地の豪州タスマニアから取り寄せた成鳥やヒナと、北部北太平洋で越夏中に漁網で溺死した個体をくわえると300羽に、齢査定した死体は2300羽になりました。
分析の結果、日本の海岸に漂着した鳥の平均体重は300グラム。健常な個体に比べ、4割減です。いずれも肝臓、筋肉などが極度に小さく、脂質は全身で4グラムが残るのみ、筋肉中のタンパク含量の低下はもとより、造血組織の骨髄の組成まで変化していました。インフルエンザは陰性、さらにその他の病変も認められませんでした。頭骨の特徴は巣立ち雛を示しました。これらに基づき、大量なストランディングは、その年生まれの巣立ち雛が、飢餓で衰弱し、最終的に海岸に吹き寄せられて起こると、私は結論づけました。
沿岸や沖合に船を出すと、おびただしい数が浮遊し、力強く北へ飛び続けるハシボソ本来の飛翔は消え、方向性が定まらない力のない飛翔ばかりが目につきました。
なぜ、日本沿岸で衰弱死が起こるのでしょうか?ハシボソの巣立ち雛の渡りコースのなかで、日本沿岸はどのように位置づけられているのでしょうか。太平洋を南北に移動するハシボソを東西に横断して目視調査することで、その答えが得られるはずです。
トヨタ財団から研究助成を得て、トヨタ車を北米に輸出する自動車運搬船に研究便乗しました。何人もの方々が調査に加わって下さいました。
その結果、日本列島沿岸の暖流域は巣立ち雛の北上迂回コースにあたり、成鳥は寒流域の越冬域まで最短コースを約一ヶ月早く北上していることが分かりました。赤道海域を通過すると、東寄りの卓越風が巣立ち雛を北西太平洋へ吹き寄せ、その結果、日本列島沿いの暖流域に飛来し、ゴール前に力尽きる結果を招いたのです。総飛行距離は2割長く、渡り日数も増え、大量の巣立ち雛をエネルギー不足に陥らせたのです。つまり、ハシボソの日本沿岸での大量漂着は病気や環境問題によるものではなく、自然現象と考えられました。
次の謎解きの場は、繁殖地にあるはずです。ヒナはどのくらいのエネルギーを蓄積して、渡りに出発するのだろうか。ヒナの成長に年次差があるのだろうか。親はヒナへの給餌量を調節しているのだろうか。これらについては、別の機会に解説したいと思います。
自然誌研究室 上席研究員 岡奈理子
(山階鳥研NEWS 2011年5月号より)
もっと詳しく知りたい方は次の文献をご参照ください。
◆ Oka, N. 2008. Nutrient reserve difference between young and adult Short-tailed Shearwaters, Puffinus tenuirostris, before and after trans-equatorial migration. Papers and Proceedings of the Royal Society of Tasmania 142(1): 197-204.
◆ Oka, N. 1989. Chick growth and development of the Short-tailed Shearwaters Puffinus tenuirostris in Tasmania. J. Yamashina Inst. Ornithol. 21: 193-207.
◆ 岡奈理子(1987)ハシボソミズナギドリの"本当の"渡りルート.アニマ15巻13号pp.16〜21.
◆ Oka, N. & Maruyama, N. 1986. Mass mortality of Short-tailed Shearwaters along the Japanese coast. Tori (Japanese Journal of Ornithology) 34: 97-104.