2021年7月14日掲載
2020年7月にモーリシャス沖で座礁した日本の貨物船による重油流出事故については、同年9月に環境分野の支援を行う国際緊急支援隊に、山階鳥研の水田拓 保全研究室長が鳥類の専門家として参加しました(本紙2021年3月号参照)。この時の提言を受けて、山階鳥研で標本関係の臨時職員として仕事に携わっている上沖正欣さんが同年現地へ渡り、影響調査を行ってきましたので、調査や現地の状況について執筆いただきました。
山階鳥類研究所 臨時職員 上沖正欣
2020年7月26日にモーリシャス沖で座礁した貨物船 WAKASHIO による重油流出事故を受け、同年10月下旬から約2ヵ月間、バードライフ・インターナショナル東京の特別研究員として現地に滞在し、鳥類への影響調査を行ってきました。調査は山階鳥類研究所の水田拓氏の指導を受け、株式会社 商船三井(以下、商船三井)が立ち上げたモーリシャス自然環境保護・回復プロジェクト(注1)の一環として行われました。商船三井は貨物船をチャーターした立場であり、事故に対する法的責任はないものの、企業としての社会的責任を果たすため、現地政府やNGO、住民らに対して資金拠出や物資の援助を継続しています。
行きの飛行機の中では、ドードーは無理だけど固有種は沢山見られるはず、重油流出の影響が心配だと思って現地入りしたのですが、隔離先の宿で最初に見たのはインドハッカやコウラウン、イエスズメなどの外来種ばかり。隔離が明けて 島内を調査している間にも、固有種を見かけることはほとんどありませんでした。それもそのはず、島のほとんどがサトウキビ畑に覆われており、森林面積は約20%(原生林はたった2%)しかないのです。そのわずかに残された森で、国立公園保護管理局 (注2)や Mauritian Wildlife Foundation(注3)のスタッフが、絶滅危惧種モーリシャスチョウゲンボウの巣箱設置や、モーリシャスメジロのための補助給餌など懸命な保全活動を行っているのですが、生息に適した環境が少なく、マングースやカニクイザルなどの捕食者も入り込んでいることから個体数回復は思うように進んでいません。
そうした事情もあり、海岸を利用する水鳥や海鳥も少なかったため、幸いにも今回の調査では重油流出に対する鳥類への深刻な直接的被害は確認されませんでした。また現地住民や日本(注4)・フランス(注5)・英国(注6)などから来た清掃業者によって流出直後から迅速に油回収されたことも、被害を最小限に食い止められた大きな要因として挙げられます。重油流出により漁業ができなくなった住民も清掃員として加わり、容赦なく照りつける南国の日差しの中毎日黙々と油除去作業を行っている彼らの姿には、本当に敬服の念しかありませんでした。その方たちのお陰で、座礁事故から5ヵ月ほどが経ち、私が現地を離れる12月末頃には海は本来の青さを取り戻し、座礁地点すぐ傍の海岸でも立ち入り禁止が解除され、子供たちが海水浴を楽しむ姿も見られました(2021年1月に全ての清掃作業が終了)。
ただ、今回の事故は、国際海事機関の硫黄規制に伴い2020年から新しく導入されたタイプの重油が流出した、世界的にも過去に例のない事故です。従来の燃料油とは異なり、粘度が低く土中に留まりやすいなど、環境への影響は未知数であることから、中長期的な影響について今後も継続して調査する必要が あります。
帰りの飛行機の中では、ドードーがいた頃のモーリシャス本来の生態系を回復させるために何ができるかを考えていました。外来種対策、専門知識を持った調査員の育成、観光資源でもあるのに海岸にはポイ捨てによるゴミが大量にあり、住民の環境意識も高めなければならないこと...まだまだ課題は山積みです。今年に入ってからコロナ感染拡大の影響でモーリシャスの国境は再び封鎖されてしまい、しばらく入国することは難しいですが、この記事が皆さんの目に留まり、少しでも現地の活動支援に繋がれば幸いです。
(文・写真 かみおき・まさよし)
(注1) プロジェクトの活動内容や事故の経緯については、商船三井の特設ページを参照。https://www.mol.co.jp/
(注2) https://npcs.govmu.org/(Mauritius National Park Conservation Service)
(注3) https://www.mauritian-wildlife.org/(The Mauritian Wildlife Foundation)
(注4) http://csa-marine.com/(CSA マリンサーベヤーズ&アジャスターズ(株))
(注5) https://www.leflochdepollution.com/(LE FLOCH DEPOLLUTION)
(注6) https://www.itopf.org/(ITOPF Ltd)