作 品 | 『ハチドリ科鳥類図譜』(1849~1861年)2巻より オウギハチドリ Eulampis jugularis |
作 者 | ジョン・グールド John Gould (1804~1881年) |
技 法 | 石版画の下絵に手彩色 |
サイズ | タテ56cm × ヨコ39cm |
これまで、幾たびか本紙上でもご紹介してきましたが、山階鳥類研究所には、世界の優れた画家による貴重な鳥類画が保管されています。山階鳥研の絵葉書でもおなじみのジョン・グールドは、博物学の黄金期とも言われる19世紀のイギリスの鳥類学者であり、その生涯を通して、沢山の美しい鳥類画を残しています。彼自身が描いただけでなく、当時の優れた絵師たちを駆使し、石版画の一枚一枚に手で色づけする手法が用いられました。
印刷技術の未熟だった当時、これらの図譜は、主に予約販売制にされており、しかも一回に数枚の図を分冊で配本し、購買者が後にそれを独自に製本するようになっていました。山階鳥研にあるグールドの鳥類図譜は、どれもインペリアルフォリオ版と呼ばれる大判の書籍で、8作品全23巻、鷹司信輔博士が、戦前イギリス留学時に買い求め、後に山階鳥研に寄贈されたものです。これらの本は貴重本として、長い年月を経ても劣化を最小限に留めるよう、温度や湿度の変化が少なく、日光の当たらない場所で保管されています。
グールドの作品の中で、ひときわその着色が凝らされているものは「ハチドリ科鳥類図譜」でしょう。360枚の図版を伴った5巻にわたる大作で、1849年から10年以上の歳月をかけて作成されました。どっしりとした書籍の頁をめくると、姿形の様々な花々と、色鮮やかなハチドリの組み合わせに目が惹かれます。殊に、頭部やのどの金属光沢の輝きは、絵から浮かび上がるように光って見え、この部分の描写に寄せたグールドの技術的な執着が窺えます。グールドは、ハチドリが持つ、その金属味を帯びた光沢を紙上に表現したいと創意工夫を凝らし、金箔の紙の上に、透明なオイルとニスを塗る手法を使うことによって描き出したのです。
グールドは、最初に見たハチドリの標本に強く魅了され、以降、日夜この大変小さく神秘的な生き物のイメージを追い求めてきました。ハチドリは、本来アメリカ産の鳥で、グールドのいた19世紀中頃当時のイギリスでは見ることが出来ませんでしたが、グールドのハチドリへのあこがれは強く、ロンドンの動物園で公開展示もしたハチドリ標本のコレクションは、約1500体にものぼりました。1857年、ニューヨークに渡ったグールドは、そこで1種だけではありましたが、初めて生きたハチドリを目にする機会を得ました。彼は、2羽の生きたハチドリを本国に送りますが、残念ながらすぐに死んでしまい、彼のその後の作品に生かされたのは、すべて標本剥製によるものでした。
生息地や特徴、巣の状態などの解説文を伴ったハチドリたちの華麗な姿は、1861年このモノグラフが完成されると、英国の報道機関より絶賛を受け、ハチドリという鳥そのものに対する人々の大きな関心を呼ぶ結果ともなりました。ハチドリだけをまとめた図譜としては、1830~32年にフランスのR. P. レッソンによる「ハチドリの自然史」に次ぐ第二番目のモノグラフとなりましたが、描写したハチドリの種数はレッソンの倍以上、約240種が取り上げられています。ジョン・グールドという一人の鳥類学者が、海を越えて寄せたハチドリへの強いあこがれを基盤に、限られた情報から生み出された美しい描写は、100年以上を経た現在でも人々を魅了してやみません。 (資料室図書担当 紀宮清子=のりのみや・さやこ)
山階鳥研NEWS2001年1月1日号(NO.142)より