所蔵名品から

第15回 日本産初の標本
- カナダヅル(ツル目ツル科)-

種名 カナダヅル Grus canadensis
性別 不明
仮標本番号 78-052
拾得日 1978年10月7日
拾得地 北海道稚内市字豊別

いまから数年前、ツルの研究をしていたアメリカの研究者を山階鳥研の標本室内に案内していた際、本剥製陳列ケースの前で、これは何の鳥ですか? と質問されました。「何を言うんですか、これはあなたが研究しているカナダヅルですよ、日本ではかなり珍しい種ですが」。というと、「確かに私はカナダヅルをたくさんみてきたが、こんな鳥(姿)は見たことがない」、と言うのです。確かに、その標本は非常に小さいのですが、羽の色や嘴、脚などの特徴からはカナダヅルの若鳥に間違いありません。彼女が研究していたアメリカ中西部で繁殖する亜種はもっとずっと大きいため、意外に思われたのかもしれません。

標本ラベルによれば、この個体は1978年10月に我が国の最北端である稚内市で見つかり、宗谷支庁から寄贈されたことになっています。当時日本でのカナダヅルの観察記録は非常に少なく、それ以前は1963年に鹿児島県出水平野で初めて確認されて以来、1973年と75年に出水平野で、1969年に北海道鶴居村でそれぞれ1羽が記録されているにすぎないのです。標本として残っている稚内産のこのカナダツルは、日本で5回目の記録であり、国内での第1号標本ということになります。今回、改めて関係者に追加取材を行ったところ、この個体は稚内市大字声問村字豊別で地元住民によって死体で発見され、地元の獣医さんによって剥製にされたことがわかりました。当初剥製は宗谷支庁に保管されていたのですが、学術的に貴重な資料なので地元に埋もれさせるべきではない、という北海道自然保護担当職員の方々の判断と努力で、山階鳥研に寄贈されたということです。

出水平野でのカナダヅルの記録は、出水のツル類カウント記録の中などで発表され、日本鳥学会の日本鳥類目録にも載っていますが、学術的な報告はありません。鶴居村の記録は正富宏之専修大学教授(当時)によって詳しく報告され、写真を見たアメリカのツル学者であるウォルキンショウさんの「カナダヅルの亜種のひとつであるヒメカナダヅルGrus canadensis canadensis である可能性が高い」とのコメントが紹介されています。

カナダヅルは主にアメリカ大陸に生息していて、ツル類の中では最も多い6亜種に分けられています。ヒメカナダヅルはこの中でも最も北で繁殖する亜種で、カナダ北部からアラスカおよびシベリアの東北部で繁殖します。シベリアで繁殖するものも、大部分はベーリング海を渡り、アメリカ大陸を南下して越冬地に向うらしいのですが、ごく一部がアジア大陸沿いに南下するようで、比較的最近になって、日本を始め朝鮮半島や中国でもカナダヅルがよく記録されるようになってきました。ナベヅルとマナヅルが合わせて一万羽以上も越冬する出水平野では、毎年1~4羽が越冬し、これまでに2羽が死亡、標本にもされているそうです。

幼鳥とはいえ、アメリカのツル研究者がわからなかったほど小さな山階鳥研の標本は、カナダヅルの中でも最も小さく、繁殖地の近いヒメカナダヅルである可能性が極めて高いでしょう。観察や写真による情報からは、出水に毎年飛来している個体や、また今冬北海道や長野県に現れた個体など、これまで日本で記録されているカナダヅルはどれも同じ亜種のヒメカナダヅルであると思われます。しかし、標本資料で計測等を行い、根拠を明確にした亜種の確認作業をしておくことは必要です。山階鳥研にある日本産初の標本は、日本産カナダヅルの実物証拠として貴重ですし、そもそも、そうした作業や検証を行うために、山階鳥研の標本収集が行われているのです。
(前・資料室標本担当 百瀬邦和)

山階鳥研NEWS2004年7月1日号(NO.184)より

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