高野鷹蔵(たかの・たかぞう)記念文庫 昭和39(1964)年寄贈 単行本・定期刊行物(和書・洋書)等 写真は高野文庫からカナリヤ飼育関係書籍の一部 |
研究所書庫内の「飼い鳥」コーナーを覗くと、積み上げれば恐らく10メートル近くに及ぶ大量の書籍を見出すと共に、そのほとんどが「高野鷹蔵記念文庫」と押印されていることに気づかれることでしょう。カナリヤ飼育の専門家であり、ローラーカナリヤを日本に導入した当人でもある高野氏は、大正9年に飼い鳥における趣味と学術の一体化を目指して設立された「鳥の会」の創立メンバーとして、会誌の刊行や鳥類の人工繁殖の奨励に貢献してきました。これらの書籍は高野氏の個人蔵書、及び貴重書が多く含まれ、氏が保管していた「鳥の会」所蔵の書籍であり、昭和39年、氏の逝去後にご遺族から研究所に寄贈されたものです。
ジョン・グールドの鳥類図譜などのような「名品」とは大きく異なる意味を持つかもしれませんが、高野文庫は、何と言ってもその蔵書全体が持つ資料的価値が魅力といえます。日本における鳥類の飼育技術は、小鳥の飼育が流行した江戸時代に発展し、その後大正から昭和にかけて訪れた飼い鳥ブームの時代にも様々な書物が出版されましたが、その多くが重要視されずに失われていきました。高野氏は、飼鳥全般の幅広い書籍の収集を行ってきましたが、とりわけ氏の専門であったカナリヤについては、恐らく国内で出版された関係書の殆ど全てを網羅していたのではないかと思われます。書庫内にある単行本だけでも、和文欧文併せて約180冊にのぼる蔵書をひもとけば、大正から昭和にかけての飼い鳥事情が垣間見られるだけでなく、野鳥を含めた鳥類の貴重な繁殖飼育の記録に接することが出来るのです。
記念文庫の中でも、特筆すべき資料は幾つかありますが、その一つとして『鈴木牧之記念集』記載の『金雀養方』(金雀はカナリヤの意)が挙げられます。江戸時代後期の戯作者であり『南総里見八犬伝』の作者として知られる他、鳥に関心が深く『禽鏡』という鳥の絵巻物も著していた滝沢馬琴(1767~1848)が、『北越雪譜』の作者、鈴木牧之(1770~1842)に対して懇切丁寧にカナリヤの飼い方を教えた手紙で、国内において現存するカナリヤ文献の第一号にあたるものです。この本と高野氏をめぐっては、こんな裏話があります。馬琴『金雀養方』自筆本が発見されたことを知った高野氏は、本を保管していた作家、松岡譲氏に連絡をとり、氏自筆の写しを送ってもらいましたが、関東大震災で多くを失った苦い経験をもつ高野氏は、資料保存のため密かに写本し、さらに2部写本を作って一部を山階鳥類研究所に送っていたのです。
後に高野氏自身が鳥獣時事新聞にて告白(?)していることなので、ここで暴露しても大丈夫かと思いますが、当時の山階芳麿理事長の手元にあったのであれば、現在も所内のどこかに、高野氏自筆の盗写本が残っているはずです。『記念集』に収められている『金雀養方』は、別の第三者により新たに翻読、筆写されたものですが、鳥研所蔵の本には、盗写原著をもつ高野氏の手で細かく誤字、脱字などの訂正が書き込まれており、それも本書をなかなか面白い資料にしています。
飼い鳥の秘訣について高野氏は、独善的にならず常に鳥自身に学ぶ姿勢と、記録を残すことの大切さを自著で述べています。近年、トキやコウノトリにおける人工繁殖の成功が脚光を浴びていますが、将来的にも、絶滅が危惧される野鳥の人工繁殖は、重要な課題になってくると思われます。高野氏の考え方と、大正・昭和の時代に試行錯誤された数多くの、洋鳥・和鳥における繁殖飼育の記録は、そうした課題にも一つの示唆を与えるものになり得るのではないかと期待しています。
(資料室図書担当 紀宮清子=のりのみや・さやこ)
山階鳥研NEWS 2004年9月1日号(NO.186)より