2016年12月2日掲載
種名 | カロライナインコ Conuropsis carolinensis (オウム目インコ科) |
標本番号 | YIO-00240 |
採集地 |
Fla (Charlotte Harbor) (米国フロリダ州シャーロット・ハーバー) |
カロライナインコは、リョコウバトとならんで北アメリカ大陸で絶滅した鳥類の代表としてたびたび紹介されます。多くのインコ類は、南アメリカやアフリカ、オーストラリアなどの熱帯や亜熱帯に生息していますが、カロライナインコは北アメリカに生息する唯一のインコでした。食用・観賞用として乱獲されたことで、19世紀の初めからしだいに見られなくなっていきました。果樹園の果物を荒らす害鳥として処分され、あるいは、飼い鳥として販売するために、西部開拓で開通した鉄道で各地へ運ばれました。カロライナインコは群れで行動する習性だったため、大量捕獲が容易だったようです。さらには、外来のハチと繁殖するための巣穴の競合が起こるなどし、減少に拍車をかけました。ミシシッピ川を境に東側では、フロリダ州を除き1878年を最後に見られなくなりました。西側でも1891年を最後に見られなくなりました。フロリダ州でも1901年に採集された標本が最後となり、3年後の1904年に見られたのが最後の記録となりました。この後も群れを見たという報告があったため、どこかに生息しているのではないかと思われていましたが、1939年にとうとうアメリカ鳥学会(American Ornithologists' Union)が絶滅したと発表しました。
山階鳥研ではこの絶滅鳥カロライナインコの剥製(はくせい)標本を3点所蔵しています。標本に付されたラベルから、2点は絶滅鳥ドードーの研究で有名な鳥類学者・蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ)(1903〜1953)の収集品、残る1点は東京帝室博物館の収蔵品であったことが分かります。今回は東京帝室博物館の旧蔵標本について紹介します。
山階鳥研にはカロライナインコを含む、かつて東京帝室博物館(以後、帝室博物館)にあった鳥類標本約3,300点が所蔵されています。帝室博物館は東京上野にある東京国立博物館の前身の博物館です。現在の東京国立博物館は美術・工芸品が中心ですが、かつては「天産部」という自然史標本を扱う部門があり、鳥類を含む動物、植物、鉱物などの自然史標本を所蔵していました。大正12(1923)年、関東大震災の直後に帝室博物館は天産部の廃止を決め、天産部の標本の大半は東京博物館(現・国立科学博物館)へ、一部が学習院と東京帝国大学(現・東京大学)へ移されました。この後、帝室博物館から学習院へ移された鳥類標本の一部が、山階鳥研へ寄贈されました。これが現在、山階鳥研に所蔵される帝室博物館旧蔵の標本です。
北アメリカの絶滅鳥の標本は、どこからやってきたのでしょうか?その手がかりは、カロライナインコ標本のラベルにあります。標本には3枚のラベル(写真)が付されています。1枚は帝室博物館の標本番号を示す「A2373」と書かれたラベル、2枚目は「United States National Museum」と書かれたスミソニアン博物館のラベル、3枚目は山階鳥研の標本番号「YIO-00240」と書かれたラベルです。2枚目のラベルから、どうもスミソニアン博物館に由来していることが推測できます。しかし、それ以上詳しいことはラベルからは分かりません。国立科学博物館に現存する、帝室博物館の標本台帳を調べてみると、「A2373」の欄には、明治23(1890)年に東京教育博物館(後の東京博物館、現・国立科学博物館)から帝国博物館(後の帝室博物館)へ引き継がれたことが書かれています。少なくともこの標本は、1890年までに日本へ来ていたことが分かりました。昨年、スミソニアン博物館へ問い合わせ、標本台帳を見せていただくことができました。スミソニアン博物館のラベルに書かれている標本番号「87907」の欄には、採集地「Fla (Charlotte Harbor)」、採集者「James Bell」と書かれてあり、ラベルの情報と矛盾はなく、台帳の記載はこの標本の記録と考えられました。台帳には他に、1887(明治20)年9月22日に東京教育博物館へ送られたこと、1882年8月11日に標本を登録したことが書かれていました。少なくともこの登録日までにスミソニアン博物館が標本を入手していたことが分かりました。
カロライナインコ標本の採集地と採集者については、ラベルと標本台帳から明確になりましたが、採集日については、残念ながらラベルにも標本台帳にも書かれていませんでした。標本の登録日1882年8月11日を手がかりに、スミソニアン博物館の年次報告を調べてみたところ、1882年に採集者であるJames Bell がフロリダで鳥類を採集したことが書かれていました。しかし、この年次報告には具体的に採集した鳥類のリストなどはついておらず、1882年採集は有力ではあるものの、確証は得られませんでした。James Bell の当時の記録は残されているのか?残されていれば何と書いてあるのか?興味は尽きません。
ラベルを手がかりに史料を調査した結果、図に示したように標本を収集したスミソニアン博物館から、現在の保管先である山階鳥研に至るまでを解き明かすことができました。標本の歴史をさかのぼると、カロライナインコ標本は絶滅する前に日本へ送られており、時間の経過とともに絶滅に至ってしまったことが分かります。
130年以上前の標本がこれほど保管先を転々とし、震災や戦災を経てなお現存していることに、ただただ驚くばかりです。これらの標本を大切に管理してきた先人の方々に畏敬の念を抱かずにはいられません。標本のラベルは「いつ、どこで」という生物学にとって重要な情報を知らせてくれるばかりでなく、歴史を語り継ぐ重要な史料でもあるのです。
(自然誌研究室 専門員 小林さやか)
山階鳥研NEWS 2016年11月1日号(NO.268)より
所蔵標本とラベルは山階鳥研標本データベー スでもご覧いただけます。