2018年9月29日(土)東京大学農学部弥生講堂(文京区弥生1-1-1)
【主催】(公財)山階鳥類研究所 【共催】朝日新聞社 【後援】我孫子市
2019年2月8日掲載
2018年9月29日、東京大学弥生講堂で、第20回山階芳麿賞シンポジウム「コウノトリ野生復帰と生物多様性の保全〜鳥類生態学と応用生態工学の出会い〜」を開催しました。受賞された、江崎保男 兵庫県立大学教授・県立コウノトリの郷公園統括研究部長の講演を軸に、コウノトリの野生復帰と、それに伴う里地の生物多様性復元や地域社会の活性化について、学び、考える機会となりました。当日は台風が接近する中、142名の参加者がありました。以下に概略をご報告します。
兵庫県立大学教授・兵庫県立コウノトリの郷公園統括研究部長
江崎保男
生態とは生物の生活であり、生態学は生活の科学であるといえます。生活は生物集団内で営まれるので、生態学は生物集団の科学でもあり、そこには必ず個体間の付き合い、つまり社会、と経済があります。生態系は地球表層の身近な自然のことですが、物質循環(ぶっしつじゅんかん)が起きているという意味が含まれています。われわれの体を構成している窒素やリンは地球表層をぐるぐる回っているわけです。地球生態系は一挙に扱えないので、河川生態系、都市生態系などの各種生態系にパーツ区分をして研究しているのです。
例えば森林生態系には、森林に特有の動植物がいますが、このような地域の生物集団を群集と呼んでいます。また、群集を構成する種の数学的集合を個体群と呼んでいます。
生態学のターゲットは群集です。群集では個体数が変動するけれども、それなりに安定していて決して各種の個体群は絶滅しません。これを私は変動安定と呼び、生態学の中心的課題は、変動安定のメカニズムを追究することであると明言しました。
コウノトリは日本最大の鳥の一つで、翼開長(よくかいちょう)が2メートルあります。絶滅危惧種で極東に分布し、世界の個体数は2500羽程度とされています。体重は5kgで、飼育下では1日に500g、ヒナは1日に少なくとも1kg食べる大食漢です。肉であれば、バッタも魚もヘビも食べる肉食のジェネラリストで、食物連鎖の頂点にいます。樹上に営巣して、河川下流域の氾濫原(はんらんげん)を餌場としています。
うちの大学院生が、コウノトリとアオサギ、ダイサギの採餌行動を調べたところ、コウノトリはサギ類に比してたくさん歩き、餌を採る際には多くの失敗をしながらも、結果的にはサギよりたくさんの餌を採ることがわかりました。
現在までにコウノトリの放鳥、あるいは繁殖が行われた地点は、豊岡市、養父(やぶ)市、朝来(あさご)市の但馬(たじま)地域、隣接する京都府京丹後市、徳島県鳴門市、島根県雲南市、千葉県野田市、福井県越前市です。2018年の野外繁殖をまとめると、兵庫県内では10巣で産卵があり、このうち9巣からヒナが巣立ちました。京丹後市、鳴門市、雲南市では、各1巣からヒナが巣立ち、越前市では有精卵が産まれましたがふ化しませんでした。
これまで、兵庫県内では41羽を放鳥して、24羽が生き残っており、県外では10羽を放鳥して、9羽が生き残っています。生残率を計算すると、放鳥・野外巣立ち個体とも、約6割となります。野外個体数は、昨年6月に100を突破しました。
豊岡盆地で2015年に大学院生が研究したところ、行動圏はペア雌雄でほぼ一致し、雌雄が他個体を追い払った地点の分布から、巣を中心とする行動圏がペアのなわばりであるということが実証されました。なわばりは、豊岡においては少なくとも百数十ヘクタールであること、所有者はちょくちょくなわばりを抜け出すこともわかっています。
年齢構成は、2017年の繁殖期直後の調査では19歳が最高齢でした。独身のフローター、つまり成熟独身個体と若鳥の合計は個体群の80%を占めています。フローターが多いのは、コウノトリのペアが、いったん形成されると片方が死ぬまで解消されないことと関連しています。つがいになる相手は十分見極めないといけないわけです。
コウノトリの社会については、ペアなわばりが社会構造の基盤である、堅い絆(きずな)の一夫一妻であり3歳で成熟する、多数のフローターが存在する、親による子殺しが存在する、種内闘争が激しい、なわばり内に居候(いそうろう)が存在する、採餌法は数打ちゃ当たる戦法である、共同採餌場が存在している、といったことがわかっています。
なぜ子殺しが進化したのでしょうか。小鳥の場合は、親が、いちばん高く首を伸ばしたヒナに餌を与えるため、餌の少ない年には小さいヒナが自動的に間引かれます。コウノトリの給餌は親鳥の吐き戻しによるので、自動的な間引きが起こらないことが原因のようです。
居候はなわばり内に周年留まることを容認された、ペア以外の個体です。ヘルパーと違って育雛は手伝いませんが、侵入者を追い払います。なわばりを持つペアは、たくさんいる侵入フローターを追い払いきれないために、一部のフローターを引き入れて手伝わせているのだ、という仮説を立てています。
全体では直線的に増加している個体数グラフを、但馬地域内とそれ以外に分けると、但馬地域では約50羽程度のところで個体数が頭打ちになっています。但馬地域個体群は環境収容力にほぼ達したと考えられます。ただし、今後環境収容力を上げることは可能です。
生態学のハビタットという概念は、「地形・植生がつくる空間構造である」との考えのもと、本日は話します。生息場所と訳されてきましたが、私は生息場(せいそくば)と訳すべきである、と考えます。ハビタットは電磁場のように変動するからです。また、群集の変動安定をもたらす基盤となっていると考えられます。
ハビタットは動的な生活の場です。一番分かりやすいのは河川生態系です。ここに私が応用生態工学と関わりを持ったポイントがあります。河川生態系は、水と土砂が常に動いてハビタットの破壊と構築が繰り返される場所です。ほかの生態系でも同様であり、人為撹乱(かくらん)と自然撹乱の両方がともに必須です。なぜ必須なのかというと、この中で生物たち、そして我々も進化・適応してきたからです。
往年の豊岡盆地での巣場所分布を見ると、丘陵と水田の境をなす斜面の樹上に巣があったことが分かります。山を背にし、目の前には氾濫原の代償(だいしょう)湿地である水田が広がっていて、これが餌場になります。侵入者は必ず前からやってくるので、これを攻撃します。これが空間構造としてのコウノトリのハビタットであり、なわばりである、と考えられます。
1960年代までの水田は魚が出入りして世代交代を繰り返す場でしたが、このつながりは圃場(ほじょう)整備によって消失してしまいました。これを復活する試みが今、豊岡でなされようとしています。
今年、但馬地域だけではなく、遠く離れた鳴門と雲南でも繁殖しました。このことを我々はコウノトリの「メタ個体群構造」の再構築だと位置付けています。メタ個体群構造は、明治時代にもあったと考えられ、豊岡のような大きな繁殖地と、東京や静岡などの繁殖地間で遺伝的交流があり、大陸とも少ない頻度で遺伝的交流があったと想像されます。現在は、これを再構築する初期段階にあると評価しているのです。
官民学の連携によって、「コウノトリのワイズユース」、つまり賢く使うことによる、健全な地域社会と地域経済が復活しようとしています。コウノトリ育(はぐく)む農法によるブランド米、餌動物による環境教育、湿地づくりのNPOなどです。
育む農法で用いる冬期湛水(たんすい)は、無農薬条件下で抑草(よくそう)を行うための技術なのですが、田植え前にも、複数回代掻(しろか)きなどの技術を使って雑草を抑制しています。また冬期湛水による貧酸素状態、という生物への悪影響を克服するために、横にマルチトープという場所を用意します。すべてに良いパーフェクトなものはないので、補完することが重要です。もう一つは中干(なかぼ)し延期で、オタマジャクシがカエルになるまで待って中干しをするわけです。
ロシアのハバロフスク付近のコウノトリの巣の分布を見ると、豊岡盆地と同じ面積にせいぜい4つの巣しかありません。豊岡盆地には現在、既に10巣ありますし、かつては現在の2倍ありました。実はハバロフスクの湿原は草丈が高いので、餌はあっても、餌場としては決してよくないのです。現存量とアヴェイラビリティー(得やすさ)の2つを区別することが重要です。
かつて私がオオヨシキリの研究を行った琵琶湖のヨシ原では、ヒナがふ化すると、親鳥はなわばりにとどまらず、水田に餌を採りに行ったのですが、単位面積あたりのなわばり数は、スウェーデンの調査地の50倍だと分かりました。これは水田の高い生物生産力の賜物(たまもの)だと考えられます。コウノトリもまったく同じであり、これが日本の自然なのです。
生態学者C・エルトンが明言したとおり、生態学は生物の社会学と経済学です。競争・捕食・寄生・労働寄生・協同といった生物間相互作用のすべてが群集の変動安定に寄与しているというのが現在の常識です。群集はダイナミックなジグソーパズルだということです。接していないピースにも相互作用が伝わります。風が吹けば桶屋が儲かる。それが生態学の本質です。いかに捕食者が餌を適度に食べ、適度に食べられないようにしておくかが肝心なのです。
各種生態系のなかでの、群集、ハビタット、物質循環の関係を図にしてみました。2012年に書いた本の中で、この図の群集とハビタットを合わせてエイコン(acorn)、ドングリと名づけました。群集には、食糧生産、腐食連鎖という名の廃棄物処理、それから物質循環の3機能があって、それがハビタットという動的な場の上で行われているわけです。これを劇場に例えると、ハビタットは舞台で、群集つまり生物たちはその上で踊っている役者といえます。ただし、栄養という入場料が必要です。四角で囲ったところが生態系です。健全な生態系を取り戻すには何が必要か。ひとつは、撹乱のある健全なハビタットを維持すること。そして入場料が健全なことが大切で、富栄養化、つまり役者に賃金を渡しすぎてはいけません。最後が、20世紀から議論されている、絶滅・外来生物といった、役者の健全性です。
ハビタットさえ健全であれば、魚以外の生物たちは、生活史の一時期に飛び・跳ぶことができるので戻ってきます。魚は水から離れられないのでそれができません。それゆえに、ハビタットの再生こそが大切で、環境整備が大事だということです。
陸域の生物多様性保全における最大のポイントは淡水魚だと思います。淡水魚を復活させるためには、内水面漁業を復活させないといけません。そのためには淡水魚を食べる文化の復活が必要です。人は使わないものを大事にしないからです。また、日本の食糧自給率が40%に過ぎないことを思い出してください。「お身拭(みぬぐ)いする者なければ仏様とてほこりをかぶる」というわけです。ありがとうございました。
兵庫県立大学教授・兵庫県立コウノトリの郷公園研究部長
佐川志朗
コウノトリは2005年から放鳥されています。ほぼすべての個体が個体識別されているのが特徴的です。現在野外にいる142羽のうち、足環がついていないのは2羽で、140羽には足環がついています。22羽にはGPS発信器が装着されています。コウノトリの行動範囲は広いので、調査の空間スケールをかなり広く取る必要があります。さらに、コウノトリは、川、水路、水田、ハス田など様々な景観を利用します。
今日は三つの話をします。一つ目は野外での食性、二つ目が豊岡盆地での環境整備、三つ目は採餌環境の全国評価です。食性の調査方法としては、死亡個体の胃内容物の確認、野外での採餌の直接観察、剥製(はくせい)の羽を用いた安定同位体比分析があります。2013年8月の死亡個体の食道の内容物はほとんどコバネイナゴでした。ところがそこから5kmほど離れた場所で同じ年の8月に親鳥がヒナに吐き戻した内容物は大量のカエルやケラでした。各地の環境の特性に応じて食べられるものを変えていることがうかがえます。
直接観察ですが、2005年から2013年にかけての、多く個体の観察データをまとめると、全部で39分類群の動物を食べていました。魚類ではアユ、コイ、ドジョウ、ナマズ、さらにクモ、ムカデ、トンボやバッタ、カエル、アカハライモリ、ヘビ、カメ、モグラ、ネズミなどです。
絶滅する前のコウノトリの食性を、剥製の羽の安定同位体比分析という手法で調べました。海域由来のマアジ、淡水域由来のドジョウと昆虫の代表のショウリョウバッタという三つの、同位体比が異なる餌種で推定したところ、再導入した個体に比べて、非常にバランスよく食べていたと考えられました。
総括すると、コウノトリは周年動物食で、魚類は淡水魚も海水魚も食する。哺乳類、両生・爬虫類、昆虫類まで多くの分類群を食べる、それらを非常にバランスよく食するということが定量的に分かってきました。
二つ目の豊岡盆地での環境整備ですが、元来の「ジル田」と呼ばれる湿田は圃場整備によって乾田になり、さらに河川改修も行われてきました。治水のためには仕方ないことですが、川という水域とわれわれが住んでいる堤内地(ていないち)が分断されて、生き物が水系を行き来できなくなってしまったことが一番の問題です。
このため、但馬地域ではコウノトリ育む農法や生物多様性に留意した川づくりなど、さまざまな試みを行っています。これらのうちの一つ目が河道内氾濫原の創出、二つ目は河道外氾濫原の創出、三つ目がこれらの水域の連続性を確保する試み、四つ目が環境配慮型護岸等の小さな自然再生です。
河道内氾濫原の一例として、豊岡盆地の中央を流れる円山川(まるやまがわ)下流域の、ひのそ島に作った湿地があります。盆地の閉塞部で、治水計画上は島を全部取る計画でしたが、島の半分を深く掘り下げ、治水容量を確保して、残った半分を平水位まで切り下げて湿地を作りました。また、円山川では中水敷(ちゅうすいじき)と呼ぶ、浅い静水域を延長8kmにわたり作りました。支流の出石川(いずしがわ)には、加陽(かや)湿地という15haの湿地があります。この湿地は、出水の際には水に浸かってもよい場所として整備し、平水時には分離している、さまざまな水域の連続性を確保したことが特徴的です。また人為的に氾濫させる堰(せき)をつくり、上がってきた魚に産卵場所が得られるように工夫しています。
河道外氾濫原の例として、田結(たい)湿地は、谷ひとつ分もある放棄された水田地帯を住民が生物多様性のために手造りで湿地化した事例です。休耕田造成湿地もたくさんあります。休耕田に水をためると、豊岡市ではコウノトリ共生部から補助金が出るといった施策も湿地の創出を後押ししています。また水田の一部を割いてマルチトープという細長い湿地を作っています。水田より深くなっていて、中干しで水を落としたときの生き物の逃げ場所になっています。
三つ目の水域連続性ですが、海から本流に、本流から支流に、支流から排水路、そしてビオトープや水田につなげるという考えで連続性を確保しています。円山川にある蓼川(たでかわ)井堰という取水堰は、老朽化を機会に全断面式魚道にしました。川と排水路の間にも魚道を作り、排水路と水田の間にも水田魚道をつけています。この結果、魚ばかりでなく甲殻類や爬虫類など、いろいろな生き物が水田に入ります。
四つ目は小さな自然再生です。低水(ていすい)護岸で固めた川岸が単調になるのを防ぐために水制工(すいせいこう)を設置する、ブランチブロック護岸という、石だけで護岸を組んで、コンクリートのピンで挿すようにして止める方法で湧水を保全する、排水溝に環境ブロックを使って間隙(かんげき)を確保したり、水路に落ちたカエルなどがはい出せる製品を使う、幹線排水路を複断面化して生き物が生息しやすくする、ポーラスコンクリートという透水性のコンクリートを護岸に使って植物を生えさせるなどの施策を行っています。
最後に採餌環境の全国評価ですが、餌動物の調査は、将来的に研究者だけではなく、地域の人もできるような簡易な方法で、各地で同じ方法で調査することで、定量的に比較しようということを、さまざまな自治体や研究者と共同で進めています。全国で得られたデータを、豊岡の比較的良いと思われている場所と比較して評価をするのです。
実際に、越前市では豊岡との餌動物の比較結果をもとに、環境整備を行っています。
さらに、コウノトリによる評価も行っています。越前市で実験的に環境整備を行っている場所に、発信器で得られたコウノトリの定位データを重ねると高利用域と完全に一致しました。環境整備によって餌動物も増えるし、コウノトリにも利用されている一つの成功事例です。
これからも様々な研究を積み重ねて、全国に発信していこうと思っています。
国立研究開発法人土木研究所水環境研究グループ長
萱場祐一
コウノトリの野生復帰は社会、そして学問領域に対して、三つのエンジンになっているのではないかと私は考えています。
一つ目が、自然再生の大きなエンジンとしての役割です。近年は気候変動のせいなのか、災害の規模が大きくなってきて、防災・減災というキーワードのウエイトが大きくなってきました。環境が重要なことは承知しているが、予算や人的な制約があって、どうしても防災・減災のほうに軸足を置かなければならなくなってきている。そんな中でコウノトリの野生復帰はまだ勢いがあって、自然再生の牽引力になっていると感じています。治水事業においても、環境にしっかり配慮していこうということが、地元の合意となっているというところが非常にすばらしいと思います。エコロジカル・ネットワークを進めるときのポイントとして、目標値を明確にする、様々な自治体が連携する、経済的な視点を得るという三つがあります。目標値を明確にするという点で、大型鳥類が注目を浴びています。特にコウノトリは広い国土スケールで再生の議論ができるという点と、日本の生態系を支えているのは氾濫原環境と言われますが、水田という氾濫原環境に依存している点からも、目標値として非常に良い生物だと思います。
二点目はグリーンインフラの導入に向けたエンジンとしての役割です。災害が増えてきている状況の中で最近、国土強靭(きょうじん)化の動きが加速しています。国土や経済、暮らしが災害などによって致命的な被害を負わないように強くする、災害後に速やかに回復するしなやかさを持たせるという意味です。そのためには水防や避難の仕方というようなソフト対策とともに、ハード対策も必要です。ハード対策の一つが堤防などカッチリ物をつくってゆくグレーインフラ、もう一つがグリーンインフラの活用で、例えば、生態系を防災・減災に活用することが大切な視点になります。
円山川においては、用排水路への自然配慮や休耕田の利活用等は既に進んでいて、グリーンインフラの導入を既に実践しています。これがさらに防災・減災の視点から役に立つことが分かれば、まさに日本におけるグリーンインフラ導入の非常によい事例になるだろうと思います。
三つ目は応用生態工学という学問をさらに推し進めるエンジンとしての役割です。コウノトリの野生復帰を実践するためは、行動生態学の領域はもちろん、生息場の構造、広さ、餌資源の量、個体群生態学、物質循環・エネルギーの流れ、さらには、地形学、河川工学、農学、社会学、経済学といった様々な学問領域を対象にしなければなりません。このため、コウノトリの野生復帰は、応用生態工学をより学際的かつ総合的な学問に発展させる可能性があります。そういった意味で、まさに応用生態工学を推し進めるエンジンになると思います。
発表とコメンタリーに続いて、質疑応答を行いました
司会 埼玉県の鴻巣(こうのす)市から来ました。市民が6年ほど前からコウノトリ育む農法ということで、無農薬・無化学肥料の田んぼを、見よう見まねで始めていますが、なかなかコウノトリが飛んできてくれません。この9月に野田市から放鳥された個体が飛来しましたが、無農薬・無化学肥料の田んぼに降りませんでした。今後期待できるでしょうか?
江崎 育む農法だけでは、魚は増えないので限界が来ます。とはいえ、育む農法はすごく重要で、コウノトリをシンボルにして無農薬あるいは減農薬でやることによって、田んぼの中に水生動物が増えますよね。そのことを農家の方に実感していただくことが重要です。決して水田というのがコウノトリを育てるだけの場所ではなく、そこでは水生動物が育つんだ。そこへさらに魚が上がってくればベストだというふうに段階を踏まなければいけないと思います。
司会 今日も、関東地方の関係者がいらっしゃっていると思いますが、関東地方でもコウノトリの野生復帰に関連して、30近くの自治体のネットワーク(注)ができているのですが、さきほどメタ個体群という話もありましたが、関東の試みと全体として豊岡のことも含めてご覧になった場合、何かコメントがいただけますか?
江崎 関東エコロジカル・ネットワークがあって、やはり皆さん、自分のところに来てほしいというのがおありでしょうが、そこの中ではここが一番いいんだというところをピックアップしていただいて、そこをレベルアップする。そうやってとにかく1カ所でもまず定着させるということが大事だろうと思います。
会場 千葉県野田市から来ました。野田市では毎年、放鳥していますが、その中でときどき帰ってくる個体もいれば、全く帰ってこない個体もいると聞いています。コウノトリは一般的に生まれたところに帰ってくる習性があるんでしょうか。
江崎 個体数は限られていますが、豊岡で最終的にペア形成をしてなわばりを持ったものは、若いときからずっと豊岡にいたことが分かっています。きっと覚えているのだとは思います。しかしそこに餌がなければいくら故郷でも帰ってこないと思います。
会場 餌場のことですが、渡良瀬(わたらせ)遊水地は国土交通省で湿地保全・再生基本計画に即して大小の湿地、池をつくっていますが、今年のように非常に暑いと、池が干上がってしまって、魚もカエルもみんな死んでしまいます。生き物のほうからの立場で国土交通省にいろいろな提案をする場合に、どういうことを言ったらいいのか、それをお聞きしたい。
萱場 国土交通省の関東地方整備局ともいろいろやりとりはしていますので、私に言っていただければ、関係者と連携を取りながら、技術的、制度的な問題を整理して、なるべく干上がらないような取り組みをすることは可能かと思います。ぜひ、ご連絡をいただければと思います。私は今、土木研究所という国土交通省系の研究所に属していますが、行政とは非常に密接に関係をしながら研究をしておりますし、いろいろ連携を取ることは十分に可能です。
会場 我孫子市から来ました。野田の施設と兵庫の施設で有効にコウノトリの繁殖のために協力ができればいいのではないのかと感じるのですが、その辺のお考えをお聞かせください。
佐川 遺伝的な多様性を確保するという点は飼育下でも、野外でも必要です。我々は、コウノトリを飼育している全国の施設が集まって協議して取り組むという必要性にかられて、コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル(IPPM・OWS)という組織を立ち上げました。その中でコウノトリはすべて家系管理されていて、組み合わせをシミュレーションしたうえで、野外に放すことをしています。
司会 野田で孵化(ふか)させるものも、全体計画の中で割り振られたものをいただいてきているということですね。
佐川 そうです。いろいろな事情があるので、いつも一番良いものが出せるとは限らないのですが、それを踏まえて最善のものを外に出そうという考えでやっています。
会場 健全な個体群という意味で、将来的にコウノトリが日本全国で何個体いれば良いということがあるでしょうか。日本中の人ががんばって目標達成するスローガンみたいなものがあるといいなと思います。
江崎 兵庫だけではなくて、ほかの所とも協力して、生息適地解析をしています。おそらく、まずはそこから割り出した数字になると思います。
司会 さきほどの収容力の話で、いい餌がたくさんできるような環境をつくれば、またその個体数は多くなるわけですね。
江崎 それはそのとおりですね。全国に淡水魚が復活すれば、それはありうるんですよ。
司会 最後に演者のお三方に一言ずつお願いします。
萱場 両先生から新しい知識を得ることが多かったと感じます。コウノトリの野生復帰を通じてすばらしい国土が形成されることを祈っています。
佐川 まだまだ研究することはたくさんあります。全国では多くの自然再生が行われていますので、それがどのぐらいコウノトリの野生復帰に寄与するのかということを研究してみたいと思います。
江崎 山階芳麿賞という栄誉ある賞をいただき、本当にうれしい思いでいっぱいです。とはいえども、コウノトリの野生復帰、特に最後に出しました陸域の生物多様性の復活という点で、まだまだやるべきことがいっぱいあると思います。萱場さんのコメントでグリーンインフラを形成する推進力、あるいは総合学問であるという非常に高い評価をいただき、うれしく思いますので、なお一層頑張りたいと思います。
(注)コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム 多様な主体の協働・連携によるエコロジカルネットワークの形成などを目的とする。2010年7月結成。2018年4月現在関東4県の27市町が参加。