2015年4月16日掲載
近年、人工衛星で追跡する発信器などを鳥の体に取り付けることで行動、生態のデータを得る研究が盛んになってきています。従来から行われてきた足環の装着に比べると、これらの機材の装着は時間がかかりますが、捕獲した鳥を長い時間、保定することは鳥の体に影響がないのでしょうか。出口智広研究員らが、アホウドリのヒナに発信器を装着した際の影響について調べた結果を紹介します。
山階鳥研 保全研究室研究員 出口智広
鳥類も含めて野生動物の研究において、捕獲と保定(注1) は欠かすことのできない基本的な作業です。しかし、この作業は、対象となる個体に対して軽視できない生理的な負荷を与えます。そして、繰り返しの、あるいは長時間にわたる捕獲・保定では「捕獲による不全麻痺(capture myopathy キャプチャー・ミオパシー)」という症状が現れ、少なくない個体がその後死亡することが知られています。
このことは従来から経験的には知られていたものの、捕獲・保定に伴って起こる行動の変化と、体内で起こる生理的な変化の関係についてはまだほとんどわかっていません。
本紙でも経過を繰り返し報告している、小笠原諸島にアホウドリを再導入するプロジェクトでは、飼育したヒナの巣立ちがうまくいったかどうかを評価するために、発信器を装着して、巣立ち後の移動、分布、生存率を、人工衛星を使って調査しています。毎日の給餌のための保定が1〜3分で済むのに対して、発信器装着のための保定はその10倍近くかかります。
2009〜11年に移送した45羽のアホウドリのヒナで、巣立ち直前に発信器を装着した個体とそうでない個体で、キャプチャー・ミオパシーの指標になる2種類の酵素(注2)の血中濃度を測定するとともに、巣立ちから連続飛行までに要する日数を調べました。その結果、発信器の装着日前後の血中濃度の変化の違いなどから、ヒナへの発信器装着が、体内の状態や行動に悪影響を及ぼしていたと考えられました(図)。
しかし、酵素濃度の増加率を、過去に調査したアホウドリの野生ヒナでの値と比較すると、致死的な影響をもたらすほど深刻なものではなかったと判断できました。
海鳥類で広く行われている成鳥への装着では、行動に目立った変化は認められないことがわかっています。これは捕獲・保定に対する耐性や回復能力が成鳥よりもヒナの方が乏しいためと考えられます。
アホウドリ類は海上での事故などにより、鳥類の中でもっとも絶滅の危機に瀕したグループで、発信器による調査は、知見の乏しい洋上での分布など、保全のために有用なデータを集めるために必要です。しかしながら、ヒナは捕獲・保定の影響に弱いことが本研究でわかりました。保定による酵素の血中濃度が時間とともに高まることも本研究でわかったため、影響を低く抑えるための解決策としては、作業時間を10分以内にとどめることがひとつの目安だと考えられました。
今後は、鳥類を保全する目的から発信器装着などのために鳥を長時間拘束する需要が確実に増えてゆくと思いますが、他種の鳥類についても捕獲・保定に対する配慮は欠かせないと考えられます。
(でぐち・ともひろ)
(注1)動物が動かないように拘束すること。
(注2)アスパラギン酸トランスアミラーゼ(AST)とクレアチンキナーゼ(CK)。いずれもキャプチャー・ミオパシーの過程で血中濃度が上昇する。
こちらで紹介した内容は、Deguchi, et al. 2014. Muscle Damage and Behavioral Consequences from Prolonged Handling of Albatross Chicks for Transmitter Attachment. The Journal of Wildlife Management, 78(7): 1302-1309. で報告されています。また和文での詳しい内容紹介が、出口智広 2014『論文紹介 発信器装着に伴う長時間保定がアホウドリのヒナに及ぼす影響』Bird Research News, 11(8):2. でなされています。