2025年3月12日掲載
山階鳥類研究所 研究員 富田直樹
世界の海鳥の個体数は、1950年から2010年の間に約70%も減少したということをご存じでしょうか?現在、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストによると世界の海鳥約360種のうち約42%が絶滅の危機に直面しています。とくに、アホウドリやミズナギドリの仲間である外洋で生息する海鳥への危機は顕著です。海鳥を減少させる主な脅威は、人間が繁殖地に持ち込んだネズミやネコなどの侵略的外来種による捕食や気候変動などに代表されるように、ほとんどは人為的なことが原因です。とくにマグロ延縄漁などによる漁業混獲は、アホウドリやミズナギドリにとって大きな問題となっています。
図1 海上を飛翔するアホウドリ
これまで暗黙のうちに1種とされてきた「アホウドリ」(図1)。しかし、遺跡出土資料やミトコンドリアDNAの分析などから、鳥島生まれの個体(鳥島タイプ)と尖閣諸島生まれの個体(尖閣タイプ)は別種に相当するほどの違いがあり、「アホウドリ」という鳥のなかに2種が含まれることが2020年に明らかとなりました(詳細は山階鳥研ニュース2021年3月号を参照)。鳥島における足環の有無を目印に、両タイプのアホウドリを識別した観察から、両タイプともそれぞれ自分と同じタイプの個体をつがい相手に選ぶ傾向(同類交配)が確認されました。また、くちばしの長さや太さなどの外部形態の比較を行った結果、鳥島タイプのオスは全体的に大きい一方で、尖閣タイプのオスは相対的にくちばしが長く、メスにもこの傾向が当てはまることが確認されました。
図2 アホウドリの脚に装着したジオロケータとカラーリング
さらに、私たちはアホウドリの同類交配を可能にするメカニズムのひとつとして、両タイプの繁殖期以外(6〜9月)に利用する海域の違いが、鳥島に戻るタイミングのズレを生み出すという仮説のもと、鳥島で繁殖する両タイプの個体にジオロケータを装着し、周年の移動や利用海域を調べました(図2)。ジオロケータとは、動物に装着する小型の照度センサーで、日の出・日没時刻や南中時刻からその動物がいる位置を推定します。2014年から2017年にかけて調査を行い、鳥島タイプ5個体中4個体、尖閣タイプ9個体中8個体からデータを得ることができました。その結果、非繁殖期の間、鳥島タイプは4個体すべてが、アリューシャン列島からベーリング海周辺ですごしていたことが明らかとなりました(図3)。ここは、これまでの調査からアホウドリがよく利用する海域として知られています。一方で、尖閣タイプは、3個体で鳥島タイプと同様の海域を利用していましたが、5個体は千島列島からオホーツク海周辺ですごしていたことが新たに明らかとなりました(図3)。ただし、利用海域と鳥島に戻るタイミングの関係性は確認できませんでした。
本研究で、同類交配を可能にするメカニズムは明らかにできませんでした。まだサンプル数が少ないため、今後追加の検証が必要です。しかし新たな知見として、漁業混獲のリスクや海洋汚染など、両タイプ間で異なる海の脅威にさらされている可能性が示唆されました。
図3 鳥島で繁殖するアホウドリ(上)とセンカクアホウドリ(下)の非繁殖期の利用海域(Tomita et al. 2024を改変)
一連の研究から両タイプの「アホウドリ」は約60万年もの間、異なる歴史を歩んできた別種であり、これまで考えられていた以上に希少な鳥であることが明らかとなりました。今後、それぞれの独自性を保つ保全策の検討が急務となります。2024年9月に出版された日本鳥類目録改訂第8版では、「アホウドリ」は、2種の隠蔽種からなり、鳥島タイプの和名を「アホウドリ」、尖閣タイプを「センカクアホウドリ」とすることが明記されました。ただし、「アホウドリ」を指す学名Phoebastria albatrus は、センカクアホウドリが引き継ぐこととなり、鳥島タイプの学名は未確定で、この問題はまだ残ったままです。学名の決定はアホウドリとセンカクアホウドリの保全策を検討するうえで欠かすことができず、今後の展開が期待されます。今後も引き続き皆様のサポートをなにとぞよろしくお願い申し上げます。
(文・図 とみた・なおき)
ここで紹介した結果は次の論文で発表されました。
Tomita N., Sato F., Thiebot J.-B., Nishizawa B., Eda M.,
Izumi H., Konno S., Konno M., Watanuki Y. (2024)
Incomplete isolation in the nonbreeding areas of two
genetically separated but sympatric short-tailed
albatross populations. Endangered Species Research
53: 213-225. DOI: https://doi.org/10.3354/esr01302