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所員エッセー

2024年6月12日掲載

第10回日米渡り鳥等保護条約会議に参加して

自然誌・保全研究ディレクター 水田拓

今年1月24~25日に、標記の会議がハワイで開催されました。この会議は、日米渡り鳥等保護条約に基づき、両国を行き来する渡り鳥や絶滅のおそれのある鳥類の保護について情報共有や意見交換をすることを目的に、おおむね2年に一度実施されています。ここ数年はコロナ禍の影響で延期が続いており、今回は5年ぶりの開催となりました。日本からは、環境省の職員2名と私を含む専門家5名が参加しました。

条約会議

会議では、まず両国の政府が取り組んでいる保全の全体的な進捗状況について報告がありました。また、日米共同で実施する取り組みとして、アメリカ側からはコクガンの繁殖地での生息状況について、日本側からはガン類4種の越冬状況について、それぞれ報告がありました。さらに日米共通の関心事項として、鳥インフルエンザ対策、シギ・チドリ類の保全、海鳥類の保全について発表と議論が行われました。鳥インフルエンザについては、アメリカでは感染した個体の行動の変化まで追跡されており、日本よりも研究が進んでいる印象でした。シギ・チドリ類では、アラスカで繁殖するハマシギの1亜種の生存率が低いことが報告されました。日本の越冬地で顕著な環境変化は見られないものの、越冬中の行動を調べることが重要という点で認識が一致しました。海鳥類の保全に関しては、アメリカ側から海面上昇によるシロハラミズナギドリとオーストンウミツバメの繁殖地消失の懸念について報告があり、その対策として安全で管理しやすい場所に移住させて繁殖地を形成する試みが紹介されました。日本側からは、私が海鳥のモニタリングの実施状況とアホウドリ保全の進捗について報告しました。

写真:ジェームズ・キャンベル国立野生動物保護区

写真1 ジェームズ・キャンベル国立野生動物保護区。中央にはハワイ固有のクロエリセイタカシギがいる

エクスカーション

会議翌日はエクスカーションとして、前日の議題にあったシロハラミズナギドリとオーストンウミツバメの新たな繁殖地であるジェームズ・キャンベル国立野生動物保護区に行きました。かつてサトウキビ畑だった広大な保護区には湿地や水路が点在し、多くの水鳥が生息しています(写真1)。その一角、捕食者が入らないよう柵で囲われた丘陵が海鳥の繁殖地となっています。地面の中で繁殖するこれらの鳥のために人工の巣穴が作られ、抱卵する個体が見られました(写真2)。また、クロアシアホウドリの誘引のためのデコイも置かれていました(写真3)。

日本における海鳥の保全というと絶滅危惧種の回復が主な目的ですが、ジェームズ・キャンベルでは必ずしもそうではありません。ここで行われているのは、気候変動により影響を受ける可能性のある複数の種を、アクセスしにくい島嶼ではなく管理の容易な有人島で、数が減る前に予防的に保全する、という新たな試みです(これについては本紙本年3月号で出口智広さんも言及されています)。一歩進んだ海鳥の保全を目の当たりにし、視野がひらけた思いでした。

写真:オーストンウミツバメ

写真2 ハワイで海鳥の保全を主導する団体Pacific Rim Conservationの職員が特別に見せてくれた、人工巣穴で抱卵するオーストンウミツバメ

写真3 クロアシアホウドリ誘引のためのデコイと音声装置が設置されている。デコイのできばえは日本のもののほうがよい

外来種とどう向き合うか

一方で、柵の外側に目を向けるとそこは外来種の天国です。この保護区にいる固有種のひとつ、ハワイオオバンは外来種の植物群落に営巣し、外来種の巻貝を食べているそうです。世界一外来種が多いといわれるハワイでは、もはや生態系の一部となった外来種をあえて駆除しないのが合理的、現実的な判断なのでしょう。しかし、「外来種も含めた種の数の多さ」を「生物多様性」と同義とみなす極端な合理主義には、断固として反対したいという思いもあらためて強くもちました。外来種がはびこる現実を見据えつつ、しかし外来種駆除の理想を掲げることもあきらめない、そんな広い視野が必要なのかもしれません。

ふだん行くことのない場所に行き、接することのないものに接すると、さまざまな刺激が得られます。今回は絶滅危惧種の保全と外来種対策についてあらためて考えるきっかけとなる、たいへん有意義な機会でした。

(写真・文 みずた・たく)

「山階鳥研ニュース」 2024年5月号より

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