令和6年度の応募はしめきりました。
山階鳥研が実施している山階武彦助成事業は、野生鳥獣の保護に関する学術の振興に資する国際会議等に出席する研究者に対し渡航費用などを助成しています。これまで助成金を受けた方の中から、次の方々ににレポートをお願いしました。
令和4年度助成
筑波大学大学院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 中嶋千夏
ミドルトン島はアラスカ湾に浮かぶ小さな無人島で、9種の海鳥類が繁殖しています。島内で同所的に繁殖する海鳥類は、どのように共存しているのでしょうか。餌動物の違いや、時空間的な採餌場所の隔離などにより棲み分けをしていると考えられますが、詳しくはわかっていません。そこで私は近縁種であるウトウ(写真1)とエトピリカ(写真2)の2種を対象に、同所性海鳥の棲み分けに関する疑問を明らかにするため、バイオロギング手法を使って行動生態調査を行いました。バイオロギング手法とは、動物の体に記録計を装着して行動を追跡する、比較的新しい技術です。これにより、観察のみでは得られない、より詳細な行動データを得ることができます。
私は2022年4月から7月の約3ヶ月にわたりミドルトン島に滞在して、野外調査を実施しました(写真3)。米国、カナダ、フランス、イタリアから研究者や学生たちが訪れており、共同生活を通して交流を深めることができました(写真4)。また野外での作業も共同で行い、自身の調査技術をより向上させることができました。さらに、滞在中に得られたデータや、今まで進めてきた研究について研究者の方々と議論ができたため、野外調査のデータ以上の成果を得て帰国することができました。ウトウとエトピリカの繁殖状況の確認には、毎日フィールドに出る必要があり、調査は常に鳥を中心にまわるので、約3ヶ月間の滞在中には大雨の中で作業することもありました。そのため、予測していなかった計画変更や思わぬ失敗はありましたが、多くの人に助けていただき、貴重かつ有用なデータを得ることができました。研究のネットワークを海外で広げられたことも、私の研究生活において非常に有意義であったと感じています。
世界的に個体数が減少している海鳥類では陸上における繁殖行動だけではなく、海上でどのような行動をしているのか、どこまで移動しているのかについても詳しく調べることは、生物の保全を行っていくうえでとても重要です。バイオロギング手法を用いた調査は、その点で有用です。今後も、ミドルトン島調査で得た調査技術と知識をおおいに活用して、海鳥類の行動生態学に関する研究を続けていく所存です。
これまでコロナ禍で延期されていた海外での野外調査を実施できたことは、感慨深いものでした。山階武彦助成事業のご支援を受け、調査に向かえたことに心より感謝申し上げます。
(文・写真 なかじま・ちなつ)
令和3年度助成
コグニザントジャパン株式会社 大槻正遼
日本で繁殖するカモメの仲間であるウミネコは近年個体数が減少しているといわれています。ウミネコの近年の個体数減少要因ははっきりとはわかっていないのですが、複数ある要因の1つとして外来種による捕食があげられています。私は、日本において特定外来生物であるアライグマがウミネコにおよぼす悪影響について研究していました。
本助成事業では修士1年次における2021年の春から夏にかけての約4ヶ月間、北海道枝幸(えさし)町 目梨泊(めなしどまり)のウミネコ営巣地において生態調査を行いました。
北海道北部のオホーツク海に面した本調査地では多い年でウミネコの繁殖数が約3,500巣になります(写真1)。アライグマは営巣地へ侵入し、ウミネコの雛を捕食することが既にわかっています(写真2)。営巣地では自動撮影カメラ調査やアライグマの糞採集を行いました。アライグマのウミネコ営巣地への侵入頻度と食性の季節変化およびそれに応じたウミネコの巣の減少を明らかにした結果を同年9月に開催された鳥学会大会にてポスター発表しました。オンライン開催ではありましたが、大変有益な質問や指摘をいただきました。
修士2年次の2022年においても同様の期間、フィールド調査を行いました。在来種のキタキツネも含め、営巣地にやってくる2種の哺乳類捕食者がウミネコ親鳥の抱卵・ 抱雛(ほうすう)をどれだけ中断させているのかを調べるために自動撮影カメラ調査を行いました。親鳥の長時間の抱卵・抱雛中断にともなう弊害として、卵や雛が外気にさらされて生残率が低下するといわれています。調査結果を11月に北海道網走市にて開催された鳥学会大会にて発表しました(写真3)。
フィールドでは動物の動きや自然環境の変動に対して臨機応変に調査をデザインしなければならず、野生動物を対象として研究することの厳しさを学びました。
昨日あった卵が今日にはなくなっているかもしれない、今日のデータは今日しか取ることができない、といった厳しい条件の中で地道にデータを取得し続ける必要があることを身をもって知りました。また、6月に入っても寒さに凍えながら一晩中野外観察したことや数週間連続して空が晴れないことがあったりなど肉体的にも精神的にもつらく感じることがありました。そして苦労して取得したデータが必ずしも成果に結びつくわけではなく、なぜあの時あのデータを取らなかったのだと後悔したことも多々ありました。
しかし長期にわたって他の学生らと共同生活を送りながら根を詰めて調査できたことは自身にとって貴重な人生経験となりました。
本助成事業のご支援をいただき、心より感謝申し上げます。
(写真・文 おおつき・せいりょう)
(注)筆者の助成金申請時の肩書きは「早稲田大学人間科学研究科 修士課程2年」です。
平成31年度助成
アニコム先進医療研究所 研究員 水野 米利子
山階武彦助成事業からご支援頂き、2019年12月にスペイン・バルセロナで開催された海棲(かいせい)哺乳類の国際会議 World Marine Mammal Conference Barcelona 2019(WMMC '19(写真2))で、博士課程最後の研究成果を発表しました。
私は、アザラシ類の地域毎での遺伝的な違いや、アザラシがどのように種分化してきたかを研究しています。私が研究対象とするゼニガタアザラシ(写真1)は、水中で餌となる魚類やタコを捕食する一方、休息、毛の生え変わる時期や子育ての時期、岩礁や砂浜に上陸する半水性の哺乳類です。ゼニガタアザラシが上陸する場所は季節により異なり、メスは安全に子育てをするため毎年同じ上陸場に戻ってきて出産、子育てをし、それ以外の時期は、採餌場に近い別の上陸場を利用すると考えられています。そこで私は、日本に生息するゼニガタアザラシの遺伝的特徴を季節間で比較し、その研究結果を会議で発表しました(写真3)。
今回参加した会議は、2年に1度行われる Society for Marine Mammalogy(SMM) と、毎年行われている European Cetacean Society(ECS)の共催でした。会議の主催者であるSMMは、海棲哺乳類の学会の中では最大であり、創設も1981年と古い一方、ECSはヨーロッパにおける鯨類(げいるい)研究に特化した学会です。そのため会議には、世界各国から海棲哺乳類研究の第一人者が多く集まり、プログラムには論文で目にしたことのある研究者の名が連なり、参加するにあたり身が引き締まる思いでした。2019年度は95カ国から2,731人の参加がありました。
海棲哺乳類の研究は比較的マイナーであり、その中でもアザラシとなると、研究者はさらに少なくなります。そのため、普段私が参加する国内の学会では、研究対象が同じ方と議論できる機会はほとんどありませんでした。しかし、今回国際会議で発表した際には、世界各国のアザラシの研究者から、発表内容や日本のアザラシについて質問を頂いたり、研究方法について議論できたりし、とても有意義な時間を過ごすことができました。また、日本でアザラシの研究を行うことや、それを国際会議で発表することの重要性を肌で感じることができました。
会議終了後には、サグラダファミリア(写真4)の見学はもちろんのこと、イギリス留学中に知り合った友人が、偶然バルセロナ動物園で働いていたため、動物園のバックヤードを見せてもらうことができました。
私が帰国してしばらくしてからコロナが報道され始め、現在は会議の開催はオンラインが主流となっています。オンラインの会議はその手軽さが魅力ですが、やはり直接研究者と会って、会話したいなと個人的には感じています。また海外の研究者と直接会える日が来るのを心待ちにしています。
(写真・文 みずの・まりこ)
(注) 筆者の助成金申請時の肩書きは「東京農業大学大学院生物産業学研究科博士後期課程」です。
平成30年度助成
早稲田大学人間科学学術院 風間健太郎
洋上風力発電(以下、洋上風発)は、今後日本において陸上風発に代わり主要な自然エネルギーになるといわれています。洋上風発は他の発電施設に比べて経済や安全の面で様々な利点を有する一方、鳥と風車との衝突事故や鳥の生息地破壊など環境に悪影響を及ぼすことが指摘されています。私はこれまで国内において洋上風発の海鳥への影響について研究してきました。本助成事業では、2018年9月中旬からおよそ3週間にわたり洋上風発導入先進地域である欧州の様々な鳥類研究機関を訪問し、洋上風発の海鳥への影響について最新の情報を得てきました。
合計3カ国の訪問先研究機関は多岐にわたりました。はじめに訪問したのはデンマーク コペンハーゲンにあるデンマーク鳥類協会でした。Mark Desholm 博士と面会し、海鳥への影響評価に関する最新知見に加え、洋上風発による景観改変の影響とその対策事例を紹介いただきました。次に訪れた英国ケンブリッジのBirdLife インターナショナルおよび王立鳥類保護協会(RSPB)の合同オフィス、およびセットフォードの英国鳥類学協会(BTO)本部(写真1)では、合計15名ほどの研究者から最新知見を紹介いただきました。とくにMartin Perrow 博士やAonghais Cook 博士とは最新のGPSトラッキング技術を用いた風車衝突リスクの評価手法や影響の事後モニタリングの重要性などについて、Triss Allinson 博士とは洋上風発導入における利害関係者間の合意形成のあり方について長時間議論できました。続いて訪れたスコットランド エディンバラのRSPBスコットランド本部、およびサーソーのノースハイランドカレッジでは、Elizabeth Masden 博士から海鳥に対する洋上風発の累積的影響(注)の評価手法について詳しく解説いただきました。
欧州では海鳥の繁殖状況や洋上分布について国土広域スケールで情報整備が進んでおり、地域や研究者間の連携も強いため多くの個体群を対象とした累積的影響の評価態勢も整いつつあるようでした。一方で、導入の初期段階では十分な環境影響評価が行われなかったために、建設後に影響が顕在化したことで環境保全団体と開発業者との間で数多くの訴訟があったこと、また環境影響評価をやり直した結果建設が中止になった例がいくつかあることなど、洋上風発の導入が全て上手くいったわけではないことも印象的でした。情報整備が進んでいない日本において、今後洋上風発を健全に推進するためには、影響評価の不確実性を考慮し、欧州よりも慎重に、予防的に運用することが重要であると感じました。
研究機関訪問の合間にはいくつかの洋上風発施設を視察しました。洋上に整然と並ぶ風車群の規模の大きさ(写真2)や間近で見る風車の大きさ(写真3)に圧倒されました。こうした風景を国内で目にする日はそう遠くはないのかもしれません。洋上風発導入に際し鳥類への影響が最大限軽減されることを願います。
(注)一つの風発施設だけでは大きな問題とされないものの、複数の施設が存在することで顕在化する相加的・相乗的な影響。個々の施設を対象とした評価だけでは検出が困難とされ、広域を対象とした評価が必要とされる。
(写真・文 かざま・けんたろう)
※ 風間さんには『山階鳥研ニュース』2018年3月号でも風力発電について執筆いただきました。合わせてお読みください。→ 「風力発電が鳥類に及ぼす影響」
平成29年度助成
総合研究大学院大学先導科学研究科・客員研究員 加藤貴大
山階武彦助成事業を受けて、2017年の7月末にポルトガルのエストリルで開催された Behaviour 2017 で発表しました。この国際学会は、鳥類に限らず、生物一般を対象とした動物行動についての学会です。それでも、Behaviour 2017 では鳥類を対象とした研究がとても多い印象でした。
私は性差がもたらす帰結について研究しています。人間でも、男の子は体が弱くて手がかかる、と言いますが、オスがメスよりも脆弱(ぜいじゃく)であることが色々な生物で知られています。私は、スズメでは卵の中でオスがメスよりも死にやすいという現象に注目して、スズメのオスが死にやすい繁殖条件や生理的要因について発表しました。
開催地のポルトガル・エストリルはいわゆるリゾート地で、駅の出口とビーチが直結しているような場所です。大きいカジノもありました。会場周辺を散策してみると、イエスズメやドバトが目立ったものの、鳥自体は少ない印象でした。リゾート地ということで、自然環境に手を入れていたせいかもしれません。ポルトガルにもスペインスズメがいるということだったので探してみましたが、残念ながら出会うことはできませんでした。
学会の様子は、国内学会とは大きく違う点がありました。例えば、私はこの学会でポスター発表をする予定だったので、お守りとして英語の台本を作って臨みました。が、あまり役に立ちませんでした。というのも、最初から順番に内容を説明するということが少なかったからです。聞き手が突然「ここはどういうこと?」といった感じで質問することが多く、私が説明するというより、ずっと議論をしているようでした。研究の急所を突かれてしまうこともありましたが、「早く論文にしたら?」というコメントが多く、興味を持ってもらえたと前向きに受け取りました。
動物行動学の学会なので、他の発表は鳥類の他に哺乳類から昆虫まで対象種は幅広く、特に認知系の研究が多い印象でした。例えば、実験的に課題設定をした場合、キリンの記憶は30秒程度維持されるという発表がありました。鳥類を扱った研究では、飼育下のイエスズメにおいて、2種類のどちらかの印をつけた餌台でのみ餌を食べるように訓練した集団に、訓練していない集団を混ぜると、新規集団は最初の集団が選ぶ印とは異なる印の餌台で採餌する傾向があったようです。真似するのではなく、競争を避けるために少数派を選ぶような判断をするのではないか、という研究でした。
日本からは京都大学や大阪市立大学の先生・学生が多い印象でした。初対面の方が多かったのですが、この大会を通じて研究に関する議論や今後の研究生活などについて情報交換できました。
最後に、山階武彦助成事業のご支援により、貴重な経験をすることができましたことを深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
(文 かとう・たかひろ)
平成28年度助成
東海大学生物学部・講師 松井 晋
山階武彦助成事業から助成をいただいて、2017年2月22〜25日にワシントン州タコマ(アメリカ北西部)で開催された太平洋海鳥グループ(Pacific Seabird Group) の国際会議で、天売島(てうりとう)のウミガラス集団繁殖地の回復に向けた取り組みを発表しました。
この会議は、(1) 情報交換を通して海鳥研究者 の質と量を向上させること、(2) 海鳥への脅威を評価し、政府機関等に個体群管理の専門的アドバイスを提供することを目的に毎年開催されています(今回の参加者は計275名)。
天売島では1963年にウミガラスが約8,000羽生息していましたが、餌資源の低下、流し網漁や刺し網漁による混獲(注)などが原因となって、1960~1990年代にかけて激減。1990年から地元住民がデコイを設置。2005年から環境省はウミガラスの声を大音量でスピーカーから流して、繁殖地にウミガラスを誘引しています。しかし、ウミガラスの集団営巣地にハシブトガラスやオオセグロカモメが頻繁に飛来して、卵やヒナを捕食したため、2008~2010年の巣立ち成功率は33%(12ペア)まで低下。巣立ちを確認できなかった年もありました。天売島の繁殖個体群の絶滅リスクが極めて高くなったことから、2011年からウミガラスの集団繁殖地の周辺で捕食者を駆除する取り組みがはじまりました。そして、この捕食者対策が実施されるようになってから、巣立ち成功率は77%(77ペア、2011~2016年)にまで向上しました。
今回のアメリカ訪問で、会いたい人がいました。カリフォルニア州のデビルズ・スライド・ロックでウミガラス集団繁殖地の復活プロジェクトのリーダーを務めていたマイク・パーカーさんと、カリフォルニア州のウミガラスの保護プロジェクトの現在のリーダーであるジェリー・マッケスニーさんです。デビルズ・スライド・ロックでは、1982年に約2,900羽のウミガラスが繁殖していました。しかし刺し網による混獲や油流出事故の影響で、1986年には全く繁殖個体がみられなくなりました。そして1996年にデコイ・鏡・音声を使った誘引作戦がはじまります。開始当初は12羽しかいなかったウミガラスが、2005年には328羽にまで増加したことから、2006年にこの誘引作戦は終了。現在は3,000羽以上になっています。
マイクさんやジェリーさんは、天売島のウミガラスが増加傾向にあることをとても喜んでくれました。天売島の集団繁殖地の規模が数百羽に到達するにはまだ長い道のりですが、今後も数が増えて、捕食者対策で人が手助けしなくても、自分たちで捕食者から子供たちを防衛できるようになる日がくることを願っています。
平成27年度助成
宮島沼水鳥・湿地センター 牛山克巳
私はマガンの渡りの中継地としてラムサール条約に登録された北海道の宮島沼で専門員として働いていますが、渡り性水鳥の保全と持続可能な利用に関する国際的な枠組みである「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(注)パートナーシップ」におけるガンカモ類ワーキンググループのコーディネータを務めさせていただいています。会議では、ワーキンググループによる東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(EAAF)におけるガンカモ類の現状に関する特別セッションが設けられ、私はその中で「日本におけるマガンの個体数と渡り」と題し、近年のマガンの増加、渡りの変化、モニタリングの状況などについて発表しました。
マガンはかつて国内越冬数のほとんどが北海道の宮島沼を通過していましたが、個体数の増加に伴い、宮島沼を通過しない個体も多くなってきました。渡りの中継地が十勝やサロベツなど道内各地に分散したのは確かですが、北海道を通過せず、本州と大陸を直接行き来する個体も多くなっているものと考えられます。そこで、まずは北海道を通過するマガンの分布と数をきちんと把握しようと、多くの方々の協力でマガンの合同調査が始まりました。今回はその結果と、各地のモニタリングを支援しようと始まった無人航空機(UAV)によるマガンの自動カウントシステムについて紹介することができました。
会議ではカリガネやホシハジロなど希少な、あるいは急激な減少傾向にあるガンカモ類も多く取り上げられていました。いずれも国際的な協力のもとで適切な調査が行われ、保全管理策に結びついている必要があります。EAAFにおけるガンカモ類は、北米やヨーロッパなど他のフライウェイと比べると非常に情報が少なく、保全管理に必要な個体群動態などに関する知見が不足しています。ワーキンググループでは、EAAFにおけるガンカモ類の調査研究と保全管理に関する国内外の連携を推進していきたいと考えていますので、ぜひご協力をお願いいたします。
それにしてもなぜわざわざ会議をロシアの辺境の地で行ったのか疑問でしたが、「真冬の北極圏に好き好んで来る人はいないだろうから」と何とも逆説的な(?)理由でした。サレハルド市街を一歩外に出るとそこは広大なツンドラ。会議終了後に行われたエクスカーションでは、巨大なタイヤの雪上車に乗り込んでネネツ人の伝統住居を訪問し、トナカイのそりに乗ったり、伝統的な歩くスキーを体験したり、様々な冬の遊び(熊のような現地の方と力比べ!)をしました。ただ、残念なことに風景は冬の北海道の原野とそう変わらず、雪を掘ってミズゴケを確認してようやくツンドラと実感しました。せっかくならやはり夏に来たかったと主催者を少し恨んだりしましたが、いい経験となりました。
(文・写真 うしやま・かつみ)
(注)渡り鳥の渡りルートを地域レベルで包括的にくくったものがフライウェイで、世界で9つのフライウェイが認識されています。日本はアラスカ、北東アジア、東南アジア、オーストラリア・ニュージーランドにまたがる東アジア・オーストラリア地域フライウェイの中央部に位置しています。
平成26年度助成
立教大学理学部 笠原里恵
2014年9月、山階武彦助成事業から助成をいただいて私が参加したのは、アメリカの鳥学会、AOU・COS・SCOの合同大会でした(図1)。会場はロッキーマウンテン国立公園の東ゲートシティーであるエステスパーク。AOU(American Ornithologistsʼ Union)、COS(Cooper Ornithological Society)、SCO(Society of Canadian Ornithologists)から約800人が参加し、口頭発表は530題、ポスター発表は126題で、そのテーマは自然エネルギー施設が鳥類に及ぼす影響から翼の形態学まで非常に多様でした。
私の研究テーマは河川です。水辺に生息する鳥類の環境選択や食物網の研究を通して、河川生態系の構造や機能に理解を深め、地域の特徴を生かした流域環境と生物多様性の維持・回復に貢献できる提案ができればと思っています。今回の発表では、河川の砂礫地で繁殖するイカルチドリとコチドリの分布と営巣環境について、千曲川、多摩川および鬼怒川の3つの河川で調査した結果をポスターで発表しました。対象としたチドリ類2種は砂礫地に営巣しますが(図2)、砂礫地を構成する砂礫の大きさは河川ごとに異なります。過去の砂利採取や河道掘削などにより砂礫地が減少してきている中で、2種の営巣環境の選好性を複数の河川で把握することは、地域的な特徴をとらえた効果的な砂礫地再生に貢献できる可能性があります。今回、3つの河川で上流から下流まで約48km〜68kmを調査した結果、2種がそれぞれに好む砂礫の大きさの範囲が見えてきました。それは、それぞれの河川の砂礫構成を反映しつつも、3河川でおおよそ似ていること、そして各河川での2種の分布は、それぞれの種が好む砂礫の大きさの分布を反映している可能性が示唆されました。
2時間のポスター発表の間、多くの方と研究の話で盛り上がりました(コロラド名産のビールがふるまわれていたのですが、手を付ける余裕はほぼありませんでした・・・)。例えば、生息に好ましい砂礫地の維持について。私が調査を行った河川では、チドリ類が好む、植物のまばらな露出した砂礫地の形成には秋の台風などによる増水が重要ですが、アメリカの某河川では、雪解け水が土砂を下流まで運ぶことが水鳥の生息地や採食場所を形成するうえで非常に重要だということでした。地域の気候や地形、生物季節など、河川の生き物の生息場所について考慮すべき点を多くの方と議論できたことは、自身の今後の河川での研究や自然再生を考えるうえで非常に有益でした。今回、貴重な機会を与えてくださった貴助成事業に心から感謝申し上げます。
(文・写真 かさはら・さとえ)
「山階鳥研NEWS」2015年11月1日(262号)より
平成25年度助成
東京大学大学院 農学生命科学研究科 生態環境調査室 松葉史紗子
基調講演をはじめパネルディスカッションや口頭発表でそうそうたる演者の話を直接聞く機会に恵まれたことも、本大会の醍醐味の一つでした。内容はもちろんですが、Illka Hanski氏が、その講演のはじめに、自分は英語が母語ではないのでゆっくり話します、と告げていたのは印象的でした。大会は様々な地域からの研究者と交流する場となりましたが、それは「多様な英語」に触れるまたとない機会でもありました。英語を母語としない人たちが素晴らしい研究を牽引している姿を目の当たりにして、科学コミュニケーションにおける英語の多様性を体感するとともに、身が引き締まる思いでした。
他の研究に触れたことや来聴者との対話から、自分の研究の意義をより俯瞰的に捉えられるようになりました。また、他の研究者から受けた刺激や、彼らとのつながりはなにものにも代えがたく、研究への大きな糧となりました。今後の研究を通じて還元していきたいと思います。本機会を与えてくださった貴助成事業に感謝申し上げます。
(文・写真 まつば・みさこ)
「山階鳥研NEWS」2014年3月1日(252号)より