2023年11月30日掲載
副所長 尾崎清明
それは衝撃的な1枚の写真でした。フェイスブックに掲載されていた、ネコが鳥を口にくわえてこちらに向かってくるシーン(リンク先参照)。鳥がベニアジサシだということと同時に、足環に目が留まりました。それも白っぽい色で、左右に付いていたことから、「オーストラリアで標識された個体」であると推定されました。というのも、ベニアジサシに関して、オーストラリアでは金属足環のほかに白のフラッグ(旗状のプラスチック標識)を、日本では青のフラッグを用いる取り決めになっているからです。
さっそく写真の撮影者に連絡をして、「ぜひこの足環を探して、番号を知らせてください」とお願いしました。果たして見つかるかどうか?
ベニアジサシは広く温帯から熱帯にかけて分布し、日本では主に沖縄周辺で繁殖する海鳥で、絶滅危惧Ⅱ類になっています。白い体にくちばしと足が赤いのが特徴。ただし名前の由来は、繁殖期に下面がほんのり薄紅色になることで、英名はRoseate Tern(=バラ色のアジサシ)。沿岸部の小島や岩礁で集団営巣地(コロニー)を形成します。その数は数百羽、多いときには千羽を超えます。
山階鳥研では1975年からほぼ毎年、主にヒナに標識を付けて調査をしてきました。調査数は2001年までに約9,500羽になりました。沖縄の島間の移動記録は200例ほど得られましたが、国外からの回収(足環の発見)記録は台湾とフィリピンからの各1例ずつのみで、越冬地での回収記録は全くありませんでした。
私は何度かオーストラリアのシギ・チドリ類の標識調査に参加し、現地の鳥類研究者、クライブ・ミントンさんに「ベニアジサシの越冬地が不明なので、機会があったら調べてほしい」と話していました。ただし、それまで「越冬地はフィリピンやインドネシア」とされていたので、さほど期待していたわけではありませんでした。
ところが、2002年1月8日、ミントン夫人からメールが届きました。「クイーンズランド州のグレートバリアリーフで調査しているクライブからの電話で、日本の足環を付けたベニアジサシが捕獲された」という一報でした。帰宅した彼からの詳報では、「1,059羽捕獲したなかに日本の足環個体が19羽いた」とのこと。これが北半球のベニアジサシがオーストラリアで越冬していることの初めての証拠でした。以来両国間での連携した調査によって得られた、両国間移動を示すベニアジサシの標識回収は150例を超え、約6,000km南に離れたグレートバリアリーフ・スウェイン礁が、日本で繁殖するベニアジサシの主要な越冬地であると判明し、日豪渡り鳥等保護協定の付表に追加されました(2008年12月)。
写真の撮影者から、足環を発見して番号を確認した、という連絡が間もなく届きました。さっそくオーストラリアに問い合わせると、このベニアジサシは2002年1月12日にスウェイン礁で標識された個体であることが判明し、上記の記念すべき回収記録が得られたときに放鳥されて、21歳以上であることもわかりました。記録を送ってくれたポール・オニールさん(ミントンさんと一緒にこの個体を放鳥した研究者)もコメント(→ こちらのリンク先でご覧いただけます)をくれました。
沖縄周辺のベニアジサシの繁殖数は、2021年の調査では約500巣で、2009年に比べると68.7%減少しています。主な減少要因として、マリンレジャーによる営巣地への人の接近、カラスやハヤブサによるヒナや成鳥の捕食などが確認されていましたが、今回これにネコの捕食が加わり、新たな懸念事項となりました。
(写真・文 おざき・きよあき)