研究・調査

希少鳥類の生存と回復に関する研究

4. 鳥類の生息環境の変化にともなう形態・生理・生態的研究

このシリーズですでに紹介されているが、絶滅した鳥類や今後絶滅の心配のある種類は残念なことに少なくない。これらの原因のひとつは、野生鳥類が生活する環境のさまざまな変化である。具体的には、生息環境の破壊、重金属や化学物質などの環境汚染、温暖化などの問題が指摘されている。私達のグループは、環境汚染・気候変動が鳥類に与える影響の解明を目的としているが、宮内庁鴨場に生息するオナガガモの標識調査の放鳥記録を検討したところ、雄の割合が減少していたことからスタートした。

左:オナガガモの雄(左)と雌(右)写真提供・平間祐志さん
右:宮内庁の埼玉鴨場 写真提供・神 和夫さん

オナガガモの性比

宮内庁の埼玉鴨場(埼玉県越谷市)と新浜鴨場(千葉県市川市)では、明治以降、江戸時代から伝統猟法である「鴨猟」が行われている。鴨場では、1970年代以降、環境省の鳥類標識調査に協力し、捕獲されたすべてのカモ類を放鳥している。これらの鴨場では、1971年から2000年までの猟期中の30年間に、約131,000個体を放鳥している。埼玉鴨場では、1970年代に50%前後であった雄割合が1980年代以降は40%前後に低下し、30%に近い年も見られるようになった。同様に新浜鴨場でも、ほぼ同様に推移していた(図)。なお、2000年度の狩猟期に渡来したオナガガモの目視カウントを2カ所の鴨場で行なった結果、直接観察によって得られたオナガガモの性比は標識記録による性比と概ね一致したため、捕獲による性比推定への影響は小さく、標識記録は過去の渡来個体の性比を反映しているものと考えられた。

図 捕獲日ごとに見た雄割合の経年変化の平均値
  誤差線は標準偏差を示す

表 関東地方のオナガガモの生態的分布

次に、国内で越冬するオナガガモの性比には、さまざまな原因が関与していると予想される。ここでは、鴨場のある関東地方のオナガガモの生態的分布について、2001年度の越冬期の1月と2月にそれぞれ調査した。記録された個体数はのような結果になった。性比を1:1と仮定すると、1月、2月とも河川と海域および全体では雄が有意に高い結果となったが、湖沼人工池などでは有意差が認められなかった(ニ項検定)。また、鴨場を含む内陸の湖沼人工池などに100個体以上観察された場所(13カ所以上)では、1月、2月とも、場所ごとに性比に違いがみられた。同様に海域では、雄の割合が高い結果であった(χ2検定)。鴨場では、雌の割合が高いが、湖沼人口池などでは、雌が多い場所、雄が多い場所、ほぼ同率の場所が記録された。

汚染物質と鳥類

鳥類は、他の動物分類群と比べると、生態系の上位に位置し、寿命が長い。このため食物連鎖を通じて化学物質などを長期間にわたって体内に蓄積されると、その影響を受けやすいことが知られている。私達は埼玉鴨場で捕獲したオナガガモを材料に、人為的な環境汚染が性比の偏りを引き起こした可能性を検討するため、鉛などの重金属・汚染物質の分析や放射性元素の測定、血中ホルモンや血液生化学的検査および組織学的分析を進めている。また、オナガガモ繁殖地を含む高緯度北極圏の汚染の深刻化が特に懸念されているPOPs(残留性有機汚染物質)を中心に分析法の開発を行い、これらのいくつかが検出可能なことを示した。

今後は、カモ類以外の鳥類も含め環境汚染物質と鳥類の形態・生理学的分析を中心に検討する予定である。特に、1980年代以降に保存してある鳥類検体を利用して、環境汚染物質の汚染状況の推移、汚染物質の投与試験も予定している。なお、この研究グループは、所外から石居進(東京都立大学、代表研究員)、柴田康行(国立環境研究所)、土井妙子(同)、田村正行(同)、酒井秀嗣(日本大学歯学部)、佐藤 恵(同)、千葉 晃(日本歯科大学)、村田浩一(日本大学生物資源科学部)、神 和夫(北海道立衛生研究所)、平間祐志(同)、関 比呂伸(都立衛生研究所)、前田 琢(岩手県環境保健センター)、所内からは杉森、尾崎、吉安らが含まれている。

(山階鳥類研究所 研究部 主任研究員 杉森文夫)※役職当時
~山階鳥研NEWS 2003年2月1日号より~


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