海洋国にも関わらず欧米に比べ海鳥の研究が圧倒的に不足する現況下で、海鳥のレッドリストへの新規加入が増えている。私達の研究グループは、日本の海鳥類の保護管理に科学的な根拠を提示し、役立てることを目的に、影響力の大きい鳥を選定し、繁殖地と洋上生態を中心に基礎研究を行っている。主な研究対象はオオミズナギドリ(ミズナギドリ科)とした。この鳥は、(1)西太平洋に固有、(2)全生息数の大半が日本で繁殖、(3)繁殖・非繁殖期の生態の多くが不明、(4)巣穴繁殖海鳥類の中で体サイズが大きいため、同じ生活要求を持つ他の海鳥類へ及ぶ影響が大である。しかも、(5)多数が長期間(9ヶ月)繁殖滞在するため、生息海域での生物資源の収支に、どのくらい関わるかも明らかにする必要がある。幸いにも、洋上での研究に不可欠な調査機器が急速に小型化し、カモメ大の本種へ適用できる環境が整った。
研究項目は、1) 親の索餌行動生態、2) 移動生態、3) 雛の成長との相互関係、4) 海洋環境との対応、5) 種、個体群の遺伝的特徴、6) 繁殖地での他種との相互関係である。現在、黒潮海域に位置する伊豆七島・御蔵島の繁殖個体群と、親潮との混流域に位置する三陸沖の岩手県宮古市日出島(ひでしま)で調査を行っている。その結果、幾つかの興味深い生態が判明した。
まず一つは、御蔵島で子育てするオオミズナギドリは、雛が幼い時期から繁殖海域と、三陸から北海道南岸の親潮混流域を、それぞれ約1週間ずつ往復滞在し、それを何度も繰り返したことだった。行きと帰りは500~1,000km間をほぼ一気に飛んでいる(図1・2)。この結果、これまで本種は暖流域を代表する鳥とみられていたが、実のところ、繁殖地からはるか北の、三陸沖以北の海洋に定期的に遠距離通勤し(図2)、親潮との混流域の海洋資源に、子育て期間中、重点的に依存していたことが判明した(本紙166号参照)。
一方、親の帰りを待つ御蔵島の雛たちは、親の遠出による連続数日間の絶食に定期的に直面しながらも、急速に体重を増し、約40日齢で既に親と同じ体重に達し、以後7週間、親を1.3倍超える肥満体を維持し続けた。しかも骨格と関連部位は前半に、飛翔関連部位は後半に成長し、成長エネルギーを前後に分散してエネルギーの枯渇を避ける成長様式を示した(この研究成果は論文にまとめて、山階鳥研報第34巻1号に掲載した)。つまり、「この親ありて、この子あり」を裏付けた格好だ。日出島では、ムクドリ大のクロコシジロウミツバメがオオミズナギドリに巣穴を奪われ繁殖数を減らす実態も判明している。渡り時の移動生態、越冬海域と越冬中の移動生態についても一部が既に判明した(本紙155号参照)。オオミズナギドリは黒潮海域を中心に計70カ所の島々で繁殖する。
今後、繁殖個体群の遺伝的な多様性と交流、子育て全期間を通じた親の索餌行動、海洋環境が対照的な暖流域中心部の繁殖個体群の索餌行動圏と食性、海洋環境、同所繁殖海鳥類の競合実態の解明と保全の方法などについて研究を行い、影響力を持つ本種の生態をさらに明らかにする。
もう一つ私たちの研究グループが取り組むアホウドリ類鳥島個体群の有害物質への被曝状況の解明では、希少種アホウドリの体内にかなりの有機塩素化合物が蓄積する実態が、はじめて明らかになりつつある。近年では毎年、鳥島で150羽以上が巣立つが、これらの雛がどの程度の汚染に曝されているか、検体数を増やし解明ことが急がれる。
研究メンバーは、所内から研究責任者の岡、佐藤、馬場、鶴見、百瀬研究員が、所外から研究責任者の小城春雄・北海道大学教授、綿貫豊・同助教授、田辺信介・愛媛大学教授、小池裕子・九州大学教授、馬場芳之・同助手、内藤靖彦・国立極地研究所教授、佐藤克文・同研助手が加わり研究を行っている。
(山階鳥類研究所 研究部 主任研究員 岡 奈理子)※役職当時
~山階鳥研NEWS 2003年3月1日号より~